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「昭和天皇の不快感」を、靖国参拝反対に使うべきではない

靖国神社がA級戦犯を合祀したことに昭和天皇が不快感を示していたとする記録が見つかったことを日経新聞がスクープし、各紙も追っかけ記事と関連記事を出し続けています。きょう(2006年7月25日)の朝日新聞も〈靖国参拝〉をテーマにした社説で、「昭和天皇の不快感」に触れながら、参拝反対基調の論を展開しています。

これは一報のときから感じていたのですが、朝日の今回の記録発見の利用のしかたは、とてもよくないと思います。

これまでの朝日の記事から読み取れるのは、大まかに言えば、「昭和天皇が面白くないと思っていたんだから、首相は靖国神社への参拝をすべきではない」という理屈です。この日の社説でも、〈いまの世論は明確に参拝反対に傾いている。その理由はさまざまだろうが、昭和天皇がA級戦犯の靖国神社合祀に不快感を抱いていたことを示す側近のメモが明らかになったことが大きい〉と主張。〈世論〉というクッションをはさんではいるものの、昭和天皇の不快感を参拝反対の大きな理由にしようという意図がみえます。

首相の参拝反対を主張するのは結構だと思います。このブログの筆者も参拝には反対です。ですので、朝日がここぞとばかりに昭和天皇の不快感を利用し、へんな愛国心に酔い気味の参拝推進派を押さえ込もうとする意欲は理解できます。

でも、昭和天皇の思いを利用するのは間違いです。そうすることで、昭和天皇という一個人の考えを、特別に意味のあるものにしてしまうからです。

憲法で明確にされているとおり、天皇は政治的な存在であることを禁じられています(実際にどうなのかは議論が分かれるところですが)。にもかかわらず、国粋主義的な考えをもつ人々は、事あるごとに天皇に政治的な役割を期待します。天皇の靖国神社参拝を要望するのも、「天皇が行くんだから国民もこぞって行くべきだ。中国、韓国など気にするな」という雰囲気の高まりなど、政治的な効果も考えてのことでしょう。

ただ、右翼的な人々が天皇の言動を重視するのは、当然といえば当然です。彼(彼女)らの多くは、天皇を崇め、他の人間とは別格だと信じているのですから、天皇が動くことで世の中も同じ方向に動くことは望ましいことと思っているわけです。

でも今回は、そうした勢力に対抗すべきはずの朝日までもが、「天皇の威を借るキツネ」状態になってしまっています。本来、一人のおじいさんの意見(とは言っても歴史的人物なのでそこそこニュース価値はあるでしょう。でも「そこそこ」でいいはずです)としてとらえるべきなのに、今回はたまたま自分たちの主張に好都合だからといって、昭和天皇の個人的な感想に必要以上の特別な価値を与え、ありがたがっているわけです。

これでは、天皇の発言に政治的な意味をもたせているのと同じです。

首相の靖国神社参拝が国内的にも対外的にも問題なのは、天皇など持ち出さずとも明らかです。朝日は責任ある言論機関として、本質論で参拝反対を主張すべきです。昭和天皇の不快感などといった、効果絶大にみえて、でも失うものが大きい危険な材料など、安易に使うべきではありません。
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by tmreij | 2006-07-26 00:32 | 本紙

ジダンのMVPはおかしい

サッカーのワールドカップが終わり、フランスのジダン選手が最優秀選手(MVP)に選ばれました。きょう(2006年7月11日)の朝日新聞朝刊は、1面でこのことを伝えています。

このジダン選手、決勝で相手選手の胸にガツンと頭突きを見舞わせ、一発退場処分を食らった人物です。その選手がMVPだなんて、子供でもおかしいと思うのではないでしょうか。国際サッカー連盟(FIFA)の判断は、大いに批判されるべきです。

それなのに、この日の朝日にはFIFAをちゃんと批判する記事がまったくありません。それどころか、〈ジダン 憂愁のMVP〉という見出しをつけ、シラク大統領と並んで笑顔を見せる写真を載せるなど、祝福ムードです。

なに考えているんでしょうか。

相手選手がジダン選手に人種差別発言を浴びせたのではないかといった憶測が出ていますが、もしそうだとしても、強烈な頭突きを正当化する理由にはなりません。侮蔑的な発言に対しては暴力行為が許されるのであれば、国際試合の多くは流血の事態に至るでしょう。スポーツは激しく体を動かして相手と競い合うだけに、もともと一触即発の性格を帯びていて、それゆえ暴力や危険行為は厳しく禁じられているはずです。

新聞がジダン選手を厳しく批判しない背景には、〈大会を取材した各国記者が10人の候補の中から投票〉し、同選手をMVPに選んだという事情がありそうです。他人の行為に厳しく身内の振る舞いに甘い、というのは新聞も同じということでしょう。自分や身内を擁護するためには、スポーツマンシップなどは簡単に犠牲にしてしまえるようです。

情けないです。

加えて情けないのは、次の説明です。

〈投票は決勝のあった9日に行われた。10日午前0時まで受け付けられたが、実際は決勝の開始前に投票を済ませた記者が多く、ジダンのMVPにつながったと見られる。ジダンの退場を見た後に投票する記者が多ければ、違った結果になっていた可能性がある〉

だから仕方ない面もあるんだ、と理解を求めている(理解を示している)のかもしれません。でもこれ、なおさらおかしくないでしょうか。

決勝の開始前に投票を済ませるなんて、MVPを真剣に考えているのかどうかが疑わしくなります。決勝で大活躍する選手が出ることだってあるでしょう。逆に、決勝で大失態をさらす選手だっているかもしれません(今回は実際にいました)。そういう事態に対応することを、はなから放棄してしまっているわけです。

そういう記者がごく少数だったというならまだしも、多かったというのですからひどいものです。こんな人たちの投票で決まる賞にどれだけ価値があるのか、という気にもなってきます。

朝日に比べ、読売はもうちょっとまじめに書いています。スポーツ面の記事は、〈ジダンのMVPには、違和感が残る〉と疑問を提示。〈決勝戦の頭突きは言い逃れのできない蛮行であり、退場によって試合の流れを失わせた”戦犯”ともいえる〉とジダン選手を非難しています。

しかし、MVPについては朝日同様、〈投票は決勝当日の9日午後11時59分に締め切られたが、決勝前、あるいは延長戦に入る前に提出した記者もいただろう〉との事情を説明するだけ。もう一歩踏み込んで、ふらちな投票行為に疑問を投げかけることはしません。

新聞にすれば、原稿の締切やなんやかんやで忙しく、試合前投票はやむを得なかったなどの事情もあったのかもしれません。そこにはわずかながら同情の余地はあります。

ただ、そうであれば、投票締切を少しぐらい延ばすことだってできるはずです。あわてて、結果的に不適当な選手を選出するより、発表が半日〜1日ぐらい遅れたって、MVPの栄誉に値する選手をじっくり選んだほうが、ファンにとっても選手にとってもいいはずです。

不適当な人物が名誉ある賞に選ばれたとき、新聞はしばしば、賞の取り消しやはく奪の提案を含めた厳しい批判を浴びせます。今回のMVPも、そうした批判を受けるべきものだと思います。

新聞はまず、ジダン選手の頭突きを断固として否定し、そのうえでMVPが誤りであったことを主張すべきです。
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by tmreij | 2006-07-11 23:59 | 本紙

北朝鮮のミサイル発射は、なぜだめなのか

北朝鮮がミサイルをテスト発射しました。きょう(2006年7月6日)の全国紙各紙朝刊は、前日夕刊に続き、この話題を大きく報じています。

一連のテスト発射の動きや日本側の反応をまとめたドキュメント、北朝鮮の意図に関する分析、日本における受け止め方など、多数の記事が出ています。社説でも北朝鮮を強く非難しています。

そうしたものをざっと読んでいくと、北朝鮮は大変けしからん国だという気がしてきます。経済制裁すべきだという政治家たちの発言も、感覚的には理解できるような気にもなってきます。

しかし、感覚や感情ではそう思っても、理屈として、今回のテスト発射がとんでもないことだというのが、新聞を読んでいてもいまひとつ頭の中ですっきりと整理できません。テスト発射がなぜ許されない行為なのかをちゃんと説明している記事が、ほとんどないように見受けられるからです。

なぜ北朝鮮は今回のようなミサイルのテスト発射をしてはいけないのか。一読者として特にわからないのは、そこです。

日本人にすれば、恐い、物騒だ、不気味だ、だからヤメロ、という気持ちになるのはわかります。日本に向いてミサイルを飛ばすなんて言語同断だ、北朝鮮はいったいなに考えてんだ、ふざけんな、といった感情を抱く日本人は多いでしょう。

実際に紙面では、そうした感覚に大きく頼って、北朝鮮非難の論調を形成しているように見受けられます。ただ、それが新聞の仕事かというと、ちょっと違うように思います。

今回のテスト発射は、国際法や国際条約などで禁じられていることなのか。そもそもテスト発射に関する国際的な取り決めはあるのか。あるのであればどんな内容なのか。今回の行為は具体的にどこが何に違反しているから非難に値するのか。そういったことをちゃんと解説するのが、新聞の大事な役割ではないでしょうか。

各紙は、北朝鮮が米国にミサイル発射凍結を約束(1999年)し、日朝平壌宣言(02年)でもそれを追認していたことは紹介しています。しかし、それがどういった内容で、どれだけ効力があるのか(特に米国との約束は、米国が「テロとの戦争」を始める前のクリントン前政権下でのことだということも考慮して)、なぜ2国間の約束でしかないのか、などの踏み込んだ解説は見当たりません。それゆえ、今回の北朝鮮の行為がどれぐらいけしからんのかが、よくわからないのです。

ミサイルにしろ核爆弾にしろ、複雑な武器をもつと、それがうまく作動するかどうか実験したくなるのは当然でしょう。実際、武器の実験は、米国をはじめ世界各地で行われてきていることです(国土が広大な国は自国領内で済ませることもあるようです)。今回の北朝鮮のテスト発射は、他国の例と比較してどういう点で特別で、どういう点で他よりも批判されるべきなのか。そのことも、各紙を読んでもすんなりと理解できません。

念のためですが、このブログの筆者は、今回の北朝鮮の行為について非難に当たらないと主張したいのではありません。非難されるべきだと感じています。ただ、今回の新聞報道では、非難されるべき理由を理屈でちゃんと説明していないので、一読者として、何となくイヤだという感覚的なもの以上に、しっかりした理由づけがしづらいと言いたいのです。

各紙とも濃淡の差はあれ、北朝鮮はとんでもない国だ、だから経済制裁だ、とあおっているようにも感じられます。感覚や感情に大きく拠って作られる新聞は、テポドンのテスト発射並に危険だと思います。
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by tmreij | 2006-07-06 22:18 | 本紙