<   2006年 04月 ( 16 )   > この月の画像一覧

1面トップが、こんなに雑でいいのか

小泉首相の靖国神社参拝が、日米関係にまで悪影響を及ぼしかねないとの考えが米国内で広がっている。きょう(2006年4月30日)の朝日新聞は、そんな内容の記事を1面トップに載せています。

記事のねらいや視点については支持します。しかし、記事の手法については疑問を覚えます。

〈「靖国」日米に影〉〈「対日批判増す」専門家ら懸念〉〈米の歴史観・アジア戦略と対立〉という見出しをつけたこの記事は、次の文章で始まります。

〈日本の歴史問題への対応が、日本と中韓両国との関係だけでなく、日米関係にも悪影響を及ぼしかねないとの懸念が米国の日本専門家の間で広がっている〉

これを読んだ人は、当然ながら、「懸念が広がっている」様子についてのデータを期待するでしょう。アメリカでどんな現象が起きているのか、どれぐらいの人々の間で、どんなふうに懸念が広がっているのか、といったことが気になると思います。

ところが、今回の記事に出てくる〈米国の日本専門家〉は、〈ジョンズ・ホプキンズ大学ライシャワー東アジア研究所のケント・カルダー所長〉と、〈ジョージ・ワシントン大学アジア研究所のマイク・モチヅキ所長〉だけです。この2人が靖国問題を心配するコメントをしていることをとらえて、〈懸念が米国の日本専門家の間で広がっている〉と解説しているのです。

これは、ちょっと乱暴ではないでしょうか。

〈広がっている〉という「動き」を伝えるのであれば、その様子がわかるデータを示す必要があるはずです。靖国問題を懸念する論文や寄稿文の数が増えているとか、靖国問題を取り上げる学会やセミナーが多くなっているとか、靖国問題は大丈夫なのかと日本の専門家や関係者などに問い合わせる人が増えているとか。

しかし、今回の記事で〈広がっている〉ことを感じさせるのは、〈「歴史問題が原因で、日本に対する批判的な見方が強まっている」〉というモチヅキ氏のコメントぐらいです。ただ、これとて一専門家の分析であって、〈広がっている〉ことを客観的に示す事実ではありません。

〈外交を担う国務省内には……日中首脳会談もままならない日本に対するいらだちがある〉という記述も出てきます。しかしこれも、詳しい説明はなく、〈日本に対するいらだち〉が米国内にあるかないかを述べているだけで、〈広がっている〉ことの裏付けにはなっていません。

今回の記事にあるデータでは、「懸念が出ている」「懸念の声が挙がっている」などとは言えても、「懸念が広がっている」とは言えないと思います。邪推すれば、モチヅキ氏ら高名な学者のコメントを使うことで、記事が提示する「事実」に説得力をもたせようとしているのではないかとも考えられます。

1面トップで、しかも論説委員が書いているだけに、今回の記事は雑なところが気になります。新聞は、何らかの「事実」を伝えるときには、ちゃんとデータでそれを示すべきです。
[PR]
by tmreij | 2006-04-30 23:26 | 本紙

「証拠隠滅の恐れ」に甘くないか

きょう(2006年4月27日)の全国紙各紙朝刊は、東京地裁が、ライブドア前社長の堀江貴文被告の保釈を認めたと報じています。

逮捕は1月23日だったので、すでに3カ月以上も東京拘置所で身柄の拘束が続いていることになります。ちょっと長過ぎるんじゃない? と感じる人も多いと思うのですが、この日の記事には、そういう素朴な疑問にこたえるような記述はありません。

この程度の勾留など、特に問題なし、ということなのでしょうか。それならそれでいいのですが、であれば、なぜ3カ月以上も身柄を拘束する必要があるのか、読者にていねいに説明すべきだと思います。

被告は起訴事実について争っているので、保釈してしまうと証拠を隠滅する恐れがある、というのが検察の理屈でしょう。しかし、この理屈をすんなりと受け入れていくと、検察に刃向かう被告は全員、保釈が認められないことになってしまいます。間違って逮捕・起訴された場合、被告は当然、検察と争うわけですが、そんな場合も、ずっと身柄を拘束されたままになるのです。そうした長い勾留が、えん罪の温床になってきたのは、歴史的にも明らかです。

新聞は、「証拠隠滅の恐れ」に安易に理解を示すのではなく、もっと懐疑的になるべきではないでしょうか。検察が起訴したということは、有罪に持ち込むだけの証拠をそろえたということです。その後にもなお、被告が証拠を隠滅する恐れがあるというのは、具体的にどういうことを指しているのか。もしかして、口が達者な被告に取り調べなどについてマスコミでぺらぺらしゃべられたら困る、といった別の意図はないのか。そうしたことを、しっかりチェックすべきです。

今回の堀江被告の長期勾留にずばっと異論を唱えたのは、朝日の4月17日付朝刊の社説〈長い勾留 自白の無理強いでは〉ぐらいのように思います。この社説は、〈ライブドア時間では、全面否認の堀江貴文被告だけが今も勾留されている。「起訴事実を認めていないので、関係者と口裏を合わせて証拠隠滅をする恐れがある」という検察の言い分を、裁判所が認めているからだ〉と説明。そのうえで、〈だが、いまさら堀江被告が証拠を隠して回るだろうか〉という当然の疑問を投げかけています。

同じ視点で、裁判所や検察の判断の妥当性を厳しく検証する一般記事が、なぜないのでしょうか。

堀江被告は、証券取引法に違反した「悪人」なのかもしれません。しかし、いくらその可能性が高かろうと、裁判所や検察の横暴を大目にみていいことにはなりません。新聞は、被告がだれであろうと、権力のチェック機関としての役割を、淡々と果たすべきだと思います。
[PR]
by tmreij | 2006-04-28 00:28 | 本紙

取材プロセスも言わない、で通用するのか

米国企業の課税処分についての報道をめぐって、共同通信の記者が取材源について裁判で証言することを拒否したことに対し、東京地裁がおおむね理解を示しました。きょう(2006年4月25日)の全国紙各紙朝刊は、この判断について社会面で報じています。

「おおむね」というのは、「取材源は日本政府職員か」といった取材源の特定に結びつく質問に対しては、証言拒否を認めた一方で、〈情報源の数などに関する質問は「情報源の特定に結びつかない」として拒絶を認めなかった〉(朝日)からです。

それでも、同じ報道をめぐって先月、読売新聞の記者に対して出された東京地裁の決定よりはずっとマシです(関連記事「取材源の秘匿は大事、でも記事の検証も大事」)。そんなこともあってか、各紙、今回の判断については基本的に評価する書き方をしています。

それでいいの? という気もするですが、朝日に出ていた共同の古賀泰司・編集局次長のコメントに引っかかったので、今回はそれについて書きます。

そのコメントは、以下のとおりです。

〈直接取材源を尋ねる質問だけでなく、間接的に取材源の特定に結びつくような質問も証言拒絶の対象としたことは高く評価できる。ただ、取材源の数など取材のプロセスにかかわる一部の質問について認められなかったことは残念で、上級審の判断を仰ぎたい〉

前半部分は、まっとうな意見だと思います。この日の各紙の紙面も、同様の考えに基づいているように見受けられます。

気になるのは、コメントの後半です。〈取材源の数など取材のプロセスにかかわる一部の質問について認められなかったことは残念〉というのは、うなずけるようで、完全にはうなずけません。取材源についてはもちろん、どんなふうに取材や記事執筆をしているのかについても秘密にして当然だ、という考えが透けて見えるからです。

今回、共同が証言を拒否し、東京地裁が拒否を認めなかった質問には、以下のようなものがあります。(東京新聞〈東京地裁決定要旨〉より)

〈(1)情報源がいくつあったか(2)情報源が一つしかない場合の取材方針(3)第二の情報源から裏付けを取ろうとしたかどうか(4)取材源が情報提供の際に匿名を条件としていたか——など〉

これらのうち、(1)と(4)については、共同が証言を拒否するのはわかります。いずれも、情報源の特定に利用される可能性があるからです。

しかし、(2)と(3)についてはどうでしょうか。どちらも、〈取材のプロセス〉や取材における考え方に関する質問であって、情報源の特定にはつながらないように思います。

どうして、〈取材のプロセス〉にかかわる質問にまで、答えたくないのでしょうか。

組織として、できるだけ内部情報を出したくないという気持ちはあるでしょう。客はだまって商品を買えばいいのであって、製造方法や職業倫理などについてゴチャゴチャ言うな、という考え方は、多くの企業に共通だと思います。

ただ、今の時代はそれでは通用しません。そう大声で言ってきたのは、ほかならぬ新聞などマスコミです。他社には厳しく自社には甘く、といった対応は、読者の反感を買いこそすれ、理解を得ることはないでしょう。

取材源の秘匿は大事です。それを打ち破ろうとする力には、徹底して抵抗すべきだと思います。でも、取材源の秘匿とは関係ない〈取材のプロセス〉についてもすべて明らかにできないというのでは、読者や社会に誠実に向き合っているとはいえません。新聞だって、できる範囲で情報開示をし、読者や社会の理解を求め、襟を正すべきところは正していくべきです。
[PR]
by tmreij | 2006-04-25 23:38 | 本紙

で、当選した人はどんなアイディアの持ち主なのか

衆院千葉7区の補欠選挙で、民主党の太田和美氏が当選しました。きょう(2006年4月24日)の全国紙各紙朝刊は、この選挙結果について、1面や総合面、社会面などで大きく報じています。

偽メール問題で大打撃を受け、党首が交代した民主党が、小泉自民党相手にどこまで戦うことができるのか。そこが注目されていたので、この日の紙面もその見方に沿った記事が目立ちます。

そうした記事があるのはいいのですが、あまりに「民主vs自民」という構図に力点を置き過ぎ、別の大事な情報をちゃんと伝えていないような気がします。当選して国会議員となる太田氏とは、一体どんな考えをもった人物なのか、という点です。

この日の紙面が、政党重視で人物軽視なのは、1面をぱっと眺めただけで明らかです。主見出しで「太田」の名前を入れたのは、〈民主・太田氏競り勝つ〉とした毎日だけ。朝日は〈民主、自民に競り勝つ〉ですし、読売になると〈小沢・民主 競り勝つ〉と、当選者より党代表を主役にしています。

写真も、太田氏をメインに、民主、自民両党の幹部を小さく並べるのが基本かと思うのですが(朝日はこうしている)、毎日はその逆で、笑顔で握手する民主党幹部をでかでかと載せ、その下に小さく太田氏を配置しています(読売は太田氏の小さなプロフィール写真だけ)。

このような1面に、文句をつけているわけではありません。最近の政治をめぐる状況を考えれば、妥当だと思います。

しかし、2面以降、社会面までめくっていっても、太田氏が具体的にどういう考えをもった人なのかがよくわからないのは、いかがかと思います。読者にすれば、太田氏の政治や社会に対する考え方を知ることで、「ああ、そういう人が国会議員に当選したのか」とか、「なるほど、そういう考えが有権者に評価されたのか」などと理解できるはずですが、そうした記述がほとんどないのです。

強いてあげれば——〈雇用、高齢者福祉、教育の現場に「格差が広がっている」と指摘し、「負け組ゼロの社会が必要」と訴えた〉(朝日)、〈小泉改革の負の面とされる「格差社会」に焦点を当て、「負け組ゼロの社会にしよう」と訴えた〉(毎日)、〈太田氏は「負け組ゼロ」を公約に掲げ、「反対者を切り捨てる小泉政治よりも、友愛の政治を」と訴えた〉(読売)——といったところです。

太田氏が「負け組ゼロ」と唱えていたらしいことはよくわかりますが、そのために何をするのかということは、さっぱりみえません。各紙、さっぱり書いていないからです。(朝日は社会面で、主に太田氏の経歴に焦点を当てた記事を載せていますが、具体的な政策などは書いていません)

一方で、「ママチャリによる選挙活動」といったことに対しては、各紙とも面白がって書いています。イメージ戦略としてすでに陳腐な感じがあるうえ、選挙戦になって〈1台6800円の自転車をスーパーで買い〉(毎日)求めたということなので、太田氏はそれまであまり自転車に乗っていなかったと想像できます。

それでも毎日と読売は、自転車にまたがってニッコリとVサインを出す太田氏の写真を掲載。さらに朝日を含め全紙が、太田氏は〈374キロ〉を自転車で走ったと、「伝聞」としてではなく、「事実」として伝えています(おそらく事実確認せずに)。ともあれ、この「自転車選挙」に関する記述も、太田氏の政治に対する考え方をわかりやすく示しているとは思えません。

もしかしたら、地元の千葉県版には、太田氏の具体的な政策や政治に対する考えが詳しく載っているのかもしれません。また、前日までの紙面ですでにいろいろと書いてきたのかもしれません。しかし、きょうの新聞でこれだけ展開するのであれば、きょうの本紙にも、太田氏がどんな考えの持ち主なのかを伝える記事を掲載すべきです。

選挙報道では、投票結果が国政にどんな影響を及ぼすかといった「大枠」について書くことは、大事なことだと思います。でも、選挙区選挙とは本来、地域の代表者を選ぶ作業のはずです。どういう政策を掲げ、どんな具体的なアイディアをもった人(または、いかに無策無案な人)が当選したのかということも、同じぐらい大切な情報のはずです。新聞は、政党や政局にからめた記事ばかりではなく、「人」に焦点を当てた記事も、もっと載せるべきだと思います。

 ———

今回の補選について、1面記事では〈政策面では明確な争点がなく〉と書き、社説になると〈「格差社会」や「男女共同参画」など、国政での論点がそっくり争点になった〉と解説しているあたりは、良い悪いは抜きにして、毎日らしい感じが出ていてスキです。
[PR]
by tmreij | 2006-04-24 23:52 | 本紙

日本はなぜ、海底の韓国名に「対抗」するのか

日本が竹島(独島)周辺で海洋測量調査をしようとし、韓国がこれに反発しています。きょう(2006年4月21日)の全国紙各紙朝刊は、1面などで、両国政府の動きや考えについて伝えています。

毎日と読売は、社説でもこの問題について論じています(朝日は、きのうの社説で取り上げました)。きのうは3紙とも、総合面に大型の解説記事を掲載。緊張が高まっている背景を説明していました。

それらを読むと、日本の海洋測量調査のきっかけが、韓国への対抗心であることが理解できます。韓国が竹島周辺の海底に韓国式の地名をつけようとしていることへの対抗心です。

しかし、その対抗心がどれだけ妥当なものなのかについては、よくわかりません。そんなこと説明しなくても妥当に決まっているだろ、とでも思っているからか、韓国の対抗心を分析したり批判したりする記述はあっても、日本の対抗心について検証する記述が見当たらないのです。

例えばきょうの毎日1面は、〈日本政府の海洋調査は、6月に行われる海底地形に関する国際会議に韓国が竹島周辺の韓国名を提案する動きをみせたのに対抗して計画された〉と日本の動機に触れていますが、これ以上の説明はありません。なぜ〈対抗〉するのか、〈対抗〉しないとどうなるのか、といった点については、何も書いていません。

読売社説も、〈韓国が海底地形に独自の名称をつけようとしているため、日本も対案を示す必要が生じ、データを収集することにした〉と解説しています。でも、〈必要が生じた〉と言っておきながら、その理由に関する説明はなしです。

韓国名をつけられたら、竹島を含む周辺は韓国の領土ということになってしまう。だから、日本は何としてもそれを阻止しなければならない。そんなあたりが、おそらく〈対抗〉や〈必要〉の理由でしょう。

でも、それって本当にそうなんでしょうか。

「日本海」という海があります。この呼び名は、日本政府が「当該海域の国際的に確立した唯一の呼称であり、我が国政府としても従来からこの立場を取っております」(外務省ウェブサイト)と宣言しているのもので、国連でも認知されているようです。しかし、だからといって、「日本海」全部が日本の領海だなんてことにはなりません。仮に日本がそう主張したって、国際的にはまず間違いなく認められないでしょう。

今回の海底についてだって、もし韓国式の名前がつけられたとしても、それをもってすぐ、竹島の領有権や海底資源の利用権の問題に直結するのでしょうか。仮に韓国が一方的に領有権などを宣言したって、やっぱり他の国々には受け入れられないはずです。

韓国に好きなように地名をつけさせろ、と主張しているわけではありません(ただでさえ険悪な日韓関係をいっそう悪化させるぐらいなら、そういう選択をしたっていいようにも思いますが)。ただ、新聞が日本の「対抗心」を当然のように受け入れ、それを前提に記事を書いたり社説などで論じたりしていくのは、言論機関として地に足がついていない感じがします。批判精神もうかがえません。

日韓どっちの味方をするのかとか、どっちの国益を守るのかといった次元のヤジなど気にせず、新聞は、両国の思惑やその妥当性を、淡々と、しかし厳しく検証すべきだと思います。

 ———

きのうの読売によると、日本だって約30年前に、〈海洋調査結果をもとに、竹島の南側近海の海底を「対馬海盆」と名付け〉たとのこと。それを考えるとなおさら、他の海底部分を韓国名にしたっていいじゃん、という気がしてきます。
[PR]
by tmreij | 2006-04-22 00:00 | 本紙

質問したことより、しなかったことに注目すべきだ

民主党の渡辺恒三・国会対策委員長が、26年ぶりに国会で質問しました。きょう(2006年4月20日)の全国紙各紙朝刊は、政治・総合面でこのことを伝えています。

3月に前原誠司代表(当時)に乞われて国対委員長になって以来、マスコミはなにかと渡辺氏を取り上げています。政界のキーパーソンの動きを伝えることは大事なので、渡辺氏に注目すること自体は結構だと思います。

でもきょうの記事を読むと、注目の仕方が違うんじゃない? という気がします。重症、といった感じもあります。

各紙の見出しをみてみましょう。〈渡辺氏 訥々(とつとつ)と26年ぶり質問〉(朝日)、〈26年ぶり25分間の会津弁〉(毎日)、〈26年ぶり 渡辺氏質問〉(読売)と、そろって「26年ぶり」を強調しています。

26年ぶりに何かをしたというのは、一般論としては、ニュース価値が高いといえるでしょう。行方不明者が26年ぶりに洞穴から出てきたとか、元歌手が26年ぶりにステージに立ったなどというのは、なかなかのニュースです。

しかし、衆院議員が26年ぶりに国会で質問したというのは、どうでしょう。新聞が好意的(少なくとも中立的)に報じるようなことでしょうか。26年ぶりに質問したことより、26年間も質問しなかったことに、注目すべきなのではないでしょうか。

なにせ、〈質問に立つのは80年4月の衆院商工委員会以来〉(朝日)だというのです。80年といえば、大平首相が急死し、イラン・イラク戦争が起こり、ジョン・レノンが射殺され、海援隊の「贈る言葉」がヒットした年です。これを読んでいる方のなかには、生まれていなかった人もいるのではないでしょうか。そんなころからずーっと昨日まで、1回も質問しなかったのです。(衆院議員は69年から続けて務めています)

これって、すごいことではないでしょうか。センセイ、あなた一体どういう考えで26年間も国会にじっと座っていたの? と聞きたくなります。(途中、通産大臣や副議長を務めた時期もありましたが)

それなのに、この日の新聞が書いていることときたら、〈情に訴えるには最も効果的とも言える格差問題を訥々とした会津弁で突いた〉(朝日)、〈「あなたが首相になってカネもモノも東京に集中し、地方が切り捨てられている」と、おなじみの会津弁で訴えた〉(毎日)、〈小泉首相とのユーモラスなやりとりには、与野党委員から笑い声も上がった〉(読売)という説明と、あまり中身のない質問についてばかり。四半世紀も質問を発しなかったことを批判的にとらえている記述は、まったくありません。何を考えて記事を書いているのかと、憤りさえ覚えます。

もちろん、議員の仕事は質問だけではないでしょう。人目につかないところで政治力を発揮し、物事をごにょごにょとまとめるのが議員の役割だ、なんて考えもあるかと思います。でも質問だって、いや質問こそ、議員本来の大切な仕事のはずです。国民の代表として国会で議論を闘わせてこその国会議員ではないでしょうか。少なくとも新聞は、そうした考えをもつべきです。

何年、何十年と質問していない議員なんてごろごろいるんだから、そんなことを問題視していたら大変なことになる。それに、若手議員に質問の機会を与えることもベテラン議員の役割なんだから、質問に立たないからといって責めることはできない。そんな、もの分かりのいい認識が、政治記者にはあるのかもしれません。

でも、長年質問をしていない議員に対しては、へんな理解を示すのではなく、全員ちゃんと批判してあげるべきです。また、質問になかなか立てない原因が政党や国会運営の仕組みにあるのなら、その点をきちんと指摘すべきです。政治のしきたりをそのまま受け入れることは、新聞の仕事ではありません。

日本を代表する新聞が、そろいもそろって「26年ぶりに質問」とのほほんと報じ、会津弁や会津の話題にニュース性を見いだすなんて、とても心配になってきます。新聞は、ちゃんと考えて仕事をすべきです。
[PR]
by tmreij | 2006-04-21 01:14 | 本紙

イクラぐらいの健康被害がある(あり得る)のか

賞味期限が切れているのに、切れていないかのようにして冷凍イクラを売ったとされる会社が、農林水産省から厳重注意を受けました。きょう(2006年4月19日)の全国紙各紙朝刊は、この話題を社会面で記事にしています。

各紙によると、この会社は、「ヤマト運輸」とインターネット販売業「アセットアルカディア」。2社は、〈ラベルを張り替え、賞味期限を最大5カ月超えた食品〉を、〈40都道府県の顧客に264個を販売した〉(ともに毎日)とされています。

食品を販売する会社が賞味期限を偽って冷凍イクラを販売するのは、マンションを販売する会社が耐震強度を偽って家を販売するのと、根っこではあまり変わらないように思うのですが、この日は各紙とも2、3段見出しで、扱いとしては、耐震強度偽装よりはだいぶ地味です。

それはおそらく、改ざん行為の影響を考えてのことでしょう。マンションの耐震強度を改ざんした場合、地震による倒壊などで多数の死者が出る可能性があります。入居者は、引っ越さなければならず、経済的負担も大変です。

一方、賞味期限の改ざんの場合は、多数の死者が出る可能性は……あれれ、ゼロとはいえないんじゃないでしょうか。食中毒だって、命取りになることはあるはずです。重い食あたりなどで入院が必要になれば、仕事を休まねばならず、経済的負担も大変でしょう。

「厳重注意」という農水省のぬる過ぎる対応に引っぱられると、なんとなく軽微な問題のように思えますが、実は結構ひどい事案のような気がします。口から取り入れるものについて情報が「偽装」され、それによって健康被害が出たかもしれないわけですから、深刻な問題であってもいいように思います。

ところが、各紙の記事からは、その深刻さがちっとも伝わってきません。その原因は、見出しに迫力がないからではなく、買った人にどんな影響があるのかという記述が、まったくといっていいほどないからだと思います。

朝日、読売の記事に出てくる主語は、農水省や会社ばかり。客、購入者、消費者の立場で今回の事案をみるという態度が、まったく感じられません。毎日だけがわずかに、〈健康被害は確認されていない〉という2行を入れ、体への影響について触れています。

健康被害が確認されていないのであれば、人体への影響など書くに値しない、という見解もあるかもしれません。しかしそれは、かなり役所的、記者クラブ的な発想に引きずられた考えではないでしょうか。もし今回の冷凍イクラを買って食べていたら、どんな被害があり得た(あり得る)のかというのは、読者にとっては関心が高いように思います。読者は、農水省の役人やヤマト運輸の関係者にはなり得ませんが、冷凍イクラの消費者にはなり得るのです。

新聞は、「死者が出ていないから、この交通事故は記事にしなくていい(または大きく報じなくていい)」的な発想で、記事の扱いや書き込み具合を判断するのではなく、その事案が読者に及ぼし得る影響を、読者の立場でよく考えて、記事を書くべきだと思います。

 ———

読売の見出し〈賞味期限張り替え イクラ何でもひどい〉は、なかなか秀逸だと思います。いかにも問題を軽視している雰囲気も伝わってきますが。
[PR]
by tmreij | 2006-04-20 00:37 | 本紙

「くだらない質問をするな」と言われて、それでいいの?

石原慎太郎・東京都知事が、特攻隊を題材とした映画の制作総指揮と脚本をするようです。きょう(2006年4月17日)の朝日新聞夕刊は、今月初めにあった制作発表会見の様子を、芸能欄で伝えています。

芸能欄の記事ですので、さらりと読み流すべきなのかもしれません。しかし、それにしてもあんまりではないかと、読んでいてちょっと腹が立ってきます。

理由その1。知事をやりながら映画の制作総指揮と脚本を担当するなんて、公務に影響は出ないのか。そういう疑問に答える記述が、まったくありません。

記者はこの点について、まったく疑問に思わなかったのでしょうか。石原氏は、地方公務員(特別職)でありながら、平日でも登庁せずに、雑誌や新聞、本などの原稿を書くなどしていることで知られています。そうした勤務ぶりに、記者のほうが慣れてしまい、問題意識が無くなってしまっているのでしょうか。

理由その2。〈石原知事は「監督から過激な発言はするな、と言われて自重している」と言いつつ、「最近の若い俳優は知らない。みんな同じに見える」と出演者を苦笑させたり、「くだらない質問をするな」と記者をしかったり〉という記述が出てくるのですが、いったいこれは、どんなつもりで書いているのでしょうか。

記者会見や取材の場では、聞いていてたしかに「くだらない質問だなあ」と感じさせる問いはあると思います。でも、石原氏のような地方公務員(特別職)に〈「くだらない質問をするな」〉と言わせるのは、よくありません。

そうやって、公務員や政治家たちが、何がくだらない質問で何がくだらなくない質問なのかを自分たちで選別し出すことは、とても危険です。都合のいいことだけ言い、しゃべりたくないことは〈「くだらない質問をするな」〉で済まそうとします。言論の自由と情報公開を推し進めるには、「くだらない質問」にも寛容であることが大事なはずです。

公務員としてではなく、私人として映画に携わるのから、〈「くだらない質問をするな」〉と言ったって問題はない、という考えもあるかもしれません。しかし、首相の発言がほぼ四六時中、公人の発言であるのと同様、東京都知事のような要職に就いている人の発言も、常に公人の発言ととらえるべきだと思います。今回の記事だって、「作家の石原慎太郎氏が制作総指揮と脚本を担当する……」などとは書かず、〈石原慎太郎・東京都知事が制作総指揮と脚本を担当する……〉と書いています。

今回の記事は、〈「くだらない質問をするな」と記者をしかったり〉した場面をあえて紹介することで、石原氏への批判の意味を込めたのかもしれません。芸能欄ですし、短い記事ですので、それぐらいが精いっぱいなのかもしれません。

ただ、石原氏に言わせっぱなしなのは、やっぱり気になります。公務への影響を検証するとともに、〈「くだらない質問をするな」〉発言の「落とし前」を、新聞はどこかできっちりつけるべきだと思います。石原氏は地方公務員(特別職)兼作家兼映画脚本家なんですから、芸能欄でやったっていいと思うのですが。
[PR]
by tmreij | 2006-04-17 23:30 | 本紙

民主党の露骨な演出に手を貸すべきではない

衆議院千葉7区の補欠選挙で、小泉首相と民主党の小沢代表が、街頭演説に立ちました。きょう(2006年4月16日)の朝日新聞朝刊は、1面で両党首の演説姿の写真を並べて、この演説について報じています。

この2人の写真や写真説明、記事本文などをみると、ちょっと民主党(の下手な作戦)に甘過ぎない? という印象を覚えます。

1面写真の右側は小泉氏です。マイク片手に、候補者のものと思われる白手袋をはめた手をつかみ上げています。写真には、〈応援演説に訪れた小泉首相〉という説明がついています。

左側の小沢氏の写真も、マイクを手に演説しているという点では小泉氏と同じです。ただ、小泉氏の写真が上半身だけなのに対し、小沢氏は全身が写っている点で大きく違っています。2枚の写真は隣り合っているだけに、ぱっと見ただけで妙な感じがします。

なぜこんなことになっているのでしょう。答えは、小沢氏の足もとにあるように思います。

小沢氏は、プラスチック製のビールケースらしきものを2段重ねにした「お立ち台」に乗って、演説しました。写真記者はこのことを面白いと思い、台まで入るように撮影したのだと思います(そのため、小泉氏の写真よりも1段分たて長になっています)。写真説明も、〈即席の台に上って演説する民主党の小沢代表〉と、台について強調しています。

演説台つきの選挙カーや、移動可能なお立ち台を用意する資金がない。この際、台として使えるものならなんでもいい。そんな事情でビールケースを組み上げたというのなら、まだ注目に値するかと思います。しかし、民主党がそこまで金に困っている政党かというと、そんなことはないはずです。

ビールケースのお立ち台は、「庶民的」「反金権体質」「なりふり構わないほど真剣」などのイメージを植え付けようとした民主党の、計算された、あまり上手とはいえない演出でしょう。ビールケースには、「政権を代えれば、年金が変わる」「まずは、ムダづかいストップ」というメッセージや党名、ロゴマークが入ったステッカーが、べたべたと貼られています。近所の店からちょっと拝借してきたのではなく、民主党があらかじめ準備した「道具」であることは明らかです。

そんな、クサくていやらしくて時代遅れの演出に、新聞がわざわざ協力してあげることはないはずです。それなのに、この日の朝日は、1面の記事でも、〈対する小沢代表。午後3時ごろ、野田市周辺の田畑に囲まれた集落でビールケースに乗った〉と、ビールケースを売り出しています。

民主党のクサい演出を笑う、という狙いで取り上げたとしたら、意味はあるでしょう。でも、今回の写真を見て、民主党って白々しいことやるよなあ、と受け止める読者より、民主党のほうが素朴で純粋かも、という印象をもつ読者のほうが、もしかしたら多いのではないかという気もします。その意味では、朝日としてはチクリとやったつもりだったとしても、あまりうまくはいっていないように思います。

自民党と比べて、民主党のほうがより「庶民的」な政党だといえる部分はあるでしょう。その部分を、民主党が精いっぱい売り込もうと努力するのは結構ですし、もっともなことだと思います。

しかし、今回のように、あまりに見え透いた幼稚な演出にまで、新聞がお付き合いする意味はありません。みようによっては、新聞も、民主党の意図に素直に引っかかっている感じもします。へんな演出に対しては、無視するか、ちゃんと笑ってあげるかの、どちらかにすべきだと思います。
[PR]
by tmreij | 2006-04-17 00:07 | 本紙

なぜ朝日新聞に取材しないのか

将棋の「名人戦」(毎日新聞主催)をめぐって、日本将棋連盟が毎日新聞との契約を解消し、主催者を朝日新聞に変える動きをみせています。きょう(2006年4月13日)の毎日新聞朝刊は、社会面でこの話題を大きく伝えています。

〈私たちにとりまさに寝耳に水でした〉という毎日が、〈なぜ契約解消なのでしょう?〉と詰め寄りたくなる気持ちは想像できます。また、中原誠・将棋連盟副会長から〈朝日新聞が高額の契約金や協力金を示し、名人戦を朝日新聞にもってくるよう強く要請しているから〉という説明を受け、同連盟と朝日新聞に怒りをあらわにしたくなる気持ちも、それなりに理解できます。

しかし、この日の毎日は、読者の存在など気にしていないかのような報じ方をしているのが気になります。

毎日は、〈名人戦 朝日へ移管提案〉という見出しの記事に加え、〈「毎日の名人戦」守ります〉という見出しをつけた東京本社編集局長名による長行の声明記事を掲載(この日の毎日の第2社会面は、前日に勝負がついた今期の名人戦第1局に関する記事と合わせると、紙面の約3分の2が名人戦の話題で埋まっていて、さながら「将棋面」です)。ここまで紙面を割くことなのか、という気はするのですが、まあそれはいいとします。

それよりも問題なのは、記事では朝日を批判するだけで、朝日の動きや見解については、間接情報しか書かず、直接取材をしていないように見受けられることです。

名人戦は過去に、主催者が毎日から朝日に変わり、また毎日に戻ったという歴史があるようです。この、朝日から毎日に再変更された経緯について、この日の記事は、〈毎日はきちんと手順を踏んだのです〉と説明。暗に、今回の朝日の「寝耳に水」のやり口を、汚いと非難しています。

そうしておきながら、ではいったい朝日が具体的にどんな動きをみせ、どんな考えをもっているのかに関しては、〈連盟によると……〉〈中原氏によれば……〉〈(理事会の)出席者によると……〉などと、伝聞情報を連ねるばかりです。朝日を情報源としているデータは、まったく書いてありません。

毎日はなぜ直接、朝日の動きや言い分について取材し、書かないのでしょうか。

ひとつ考えられるのは、メンツです。毎日の編集局長は、〈朝日新聞からはいまだに何の連絡もありません〉と書いています。この文章からは、こっちから問い合わせをする前に、朝日から説明があって当然だろう、それがない限り、取材も含めて、こっちから今回のことについて質問なんかできるか、という気持ちが感じ取れます。

この気持ちは、一般的な人付き合いや会社間のやりとりでは、もっともなのかもしれません。しかし新聞は、不特定多数の読者に向けて情報を発信している点で、一般企業とは大きく違うはずです。読者にしてみれば、朝日側の説明や言い分を聞きたいと思うのは当然でしょう。将棋連盟や中原副会長の話の引用ではなく、直に朝日に取材してその答えを書いてくれよ、という気になるのではないでしょうか。

メンツを張ることと、読者によりよい記事を届けることのどちらかを選ぶことになった場合、新聞は常に後者を選ぶべきです。今回の記事からは、読者よりメンツを優先しているような印象を覚えます。

 ———

この日の朝日新聞朝刊は、同じく第2社会面で〈名人戦 契約解消へ〉という見出しの記事を載せ、将棋連盟側が赤字対策として、〈昨年夏、朝日新聞社に契約移管を打診〉してきたと書いています。朝日側が主催者の移管を言い出したとする毎日の記事とは食い違っているわけですが、このへんの事実関係については、朝日も毎日もちゃんと事実関係を詰めてほしいです。どっちも新聞なんですから。
[PR]
by tmreij | 2006-04-14 00:25 | 本紙