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感度のよさを感じる、ワンクリック裁判記事

きょう(2006年1月31日)の朝日新聞朝刊の第2社会面には、〈ワンクリック詐欺〉〈弁護士反撃 賠償ゲット〉というおもしろい記事が出ています。

それによると、ワンクリック詐欺のサイトにアクセスした弁護士が、〈「威圧的な請求で精神的な苦痛を受けた」〉と主張し、サイトの運営者に400万円の損害賠償を求め提訴。東京地裁は、運営者に30万円の支払いを命じる判決を言い渡したということです。

弁護士は〈「泣き寝入りする被害者が多い中、不正な請求に応じる必要がないばかりか、賠償も勝ち取れることを示した意義は大きい」〉と話しているようですが、まったくそのとおりだと思います。

東京地裁ともなれば、1日に数多くの判決が言い渡されます。そのなかから、今回のようにきらりと光る判決を見つけ、記事にした朝日のセンスは高く評価できると思います。毎日と読売にはこの訴訟についての記事を見かけませんから、地味ではあるものの、朝日のクリーンヒットだといえるでしょう。

ただ、あー、これを書いてほしいのにー、と思うことが2つあります。

ひとつは、サイト運営者の名前です。記事は、弁護士名は書いていますが、ワンクリック詐欺をした側については〈サイト運営者〉〈サイト側〉という言葉を使い、会社名(または個人名)および住所を明らかにしていません。しかし、ここは遠慮せずに出すべきところだと思います。

記事によると、〈「田舎から夢見て上京したトマト娘たち」〉というメールが届き、クリックしていくと〈「入会登録が完了したので3日以内に39000円支払え」〉とのメッセージが表示されたと、判決で事実認定されています。これはもう、トマト娘ってどんな娘だ、なんてことを気にするまでもなく、明らかにワンクリック詐欺でしょう。控訴されて判決がひっくり返ることが予想されない限り、同業者らへの強い警告の意味も込めて、会社名や個人名をばっちり出すべきケースだったと思います。

民間人対民間人の民事裁判で、そこまで書くのはいかがなものか、という見解もあると思います。しかし、サイト運営者名を明記することで、さらなる被害を防いだり、詐欺だということに気づかせる効果が生まれることも考えられます。ここは、運営者側が名誉棄損などで訴えてきたら受けて立つ覚悟で、新聞社が読者や社会一般の側に立つべきところだと思います。

書いてほしいもののもうひとつは、サイト運営者のコメントです。これについては、おそらく取材は困難でしょう。ただ、訴訟資料などから、運営者の連絡先はわかるはずなので、判決への反応をなんとか聞き出してほしいところです。「引っかかったふりして引っかけるなんて、詐欺だ!」なんてお茶目なコメントじゃなくてよいので、ひと言感想を聞きたく思います。
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by tmreij | 2006-01-31 23:44 | 本紙

不正改造をなぜ知っていたのか

全国にチェーン展開するビジネスホテル「東横イン」で、不正な改造工事が次々と見つかっています。きょう(2006年1月30日)の朝日新聞は、朝刊社会面と夕刊1面トップで、工事の実態に関する続報を大きく掲載しています。

改造されたホテルがこれだけあっただけでも大変なのに、社長が〈「身障者客室を造っても、年に1、2人しか来なくて、一般の人には使い勝手が悪い」〉(朝日1月27日付夕刊)と言い放つなんて、東横インはもう身売りするしかないようにも思います。新聞には、ホテルの行く末は気にせず、遠慮のない追及を続けてほしいと思います。

ところで、今回の報道では、ずっと気になっていることが1つあります。話題としては数日前にさかのぼるのですが、どうも気になるので、やっぱり書いておきます。

今回の東横イン偽装工事報道は、朝日の1月27日付朝刊のスクープで始まりました。特ダネということで、朝日は1面トップに〈二重図面で偽装工事〉〈東横イン 検査後に設備改造〉といった大見出しの記事を載せ、社会面トップにも関連記事を掲載。一方、抜かれた毎日と読売は、ともに同日夕刊の社会面で、このニュースを追いかけています。

引っかかるのは、朝日が1面スクープ記事につけている写真です。改造が発覚した「東横イン・横浜日本大通り駅日銀前」の正面入口部分のカラー写真3枚を縦に並べ、〈届け出通り完成したホテル正面〉(適正な状態)→〈1階部分を取り壊した状況〉(不正改造中)→〈開業当日〉(条例違反など不正な状態)という移り変わりがわかるようにしています。撮影日は、古い順に〈昨年12月29日〉〈1月14日〉〈1月23日〉となっています。

これらの写真からは、「東横イン・横浜日本大通り駅日銀前」で不正改造工事が行われることを、朝日は遅くとも昨年末には知っていたことがわかります。知っていたからこそ、殺風景な駐車場(昨年12月29日)や、どう見てもふつうの工事風景(1月14日)の写真を撮影しておいたのでしょう。

また、この日の社会面記事では、記者が改造工事の様子を観察していた記述も出てきます。このことからも、朝日が不正改造について事前に情報を得ていたことがわかります。

そのことが、なんか気になるのです。

なぜ朝日が事前に知っていたのかが、まず不思議に思えます。読者にとっては大きな疑問ですが、これに対する朝日の説明はどこにもありません。改造工事について朝日に密告があり、情報源を守るために何の説明もしていない可能性はあります。その場合、朝日が事前に知り得た理由について書くのはなかなか難しいことですが、方法はまったくないわけではないと思います。難しいからといって、この記事のように、読者に大きな謎を与えたままにしておくのは、避けるべきだと思います。

さらに、何ともいえない居心地の悪さを覚えるのは、不正が行われるのをあらかじめ承知し、実際に不正がなされているのをじっと見ていたことに対して、朝日からはひと言の説明ないことです。不正に関する情報をつかんでも、現実に不正が行わなければ社会悪とはならないので、不正を確認してから記事にすることは、それ自体問題だとは言えないでしょう(事案にもよりけりですが)。ただ、読者のなかには、「なぜ不正行為を最初から最後まで観察していたのか」という疑問を覚え、記事に異様な印象をもった人もいたのではないでしょうか。結論としては先ほどと同じですが、不正改造を観察するに至った経緯と、取材の方法についても、簡単にでも触れるべきだったように思います。

朝日は、東横イン偽装工事報道に力を入れています。それは大変結構なのですが、読者に疑問を残すような記事の仕立て方はよくないと思います。そうした個々の疑問がやがて新聞全体への不信に変わることが多々あることを、新聞はもっと意識すべきだと思います。
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by tmreij | 2006-01-30 23:59 | 本紙

新聞はホリエモンを持ち上げたか(2)

(前日の原稿「新聞はホリエモンを持ち上げたか(1)」のつづきです)

新聞には、人々の関心事について伝える役割があります。近鉄とフジテレビの買収を仕掛け、ヒルズ族を象徴する社長としても注目度が高かったホリエモンが、果たしてどんな選挙活動をするのだろうかという興味は、かなり高かったといえるでしょう。その意味では、読売など新聞が堀江社長(当時)に関する記事を載せたからといって、「持ち上げていた」というのは当たらないと思いますし、けしからんということもできないと思います。

着目すべきは、記事として取り上げた頻度と、その内容でしょう。ただ、記事を載せた回数が多過ぎたかどうかの判断は、そう簡単ではありません。連日、堀江社長の写真や記事が出ていたというのなら明らかに異常だといえるでしょうが、来る日も来る日も堀江社長の記事が載っていたわけではありませんでした。「ちょっと出過ぎじゃない」と感じるぐらいであれば、それなりの理由があったからだとも考えられます。読者に伝えるだけの価値ある話題がたくさんある場合、記事がたくさん出るのは仕方ありません。

となると、内容が重要になってきます。しかしこれも、何が価値ある話題で何がそうでないか、どんな取り上げ方が適当でどんなのがそうでないか、などは人によって感じ方が違うので、なかなか難しい判断となります。

以上のことをふまえると、記事の検証というのはかなり困難です。とはいえ、投票用紙に「ドラえもん」と書いても無効だと伝える記事(8月25日)は、やっぱりヘンではないでしょうか。「ドラえもん」と書く人がたくさん出ることが予想されるのならまだ意味があるでしょうが、そんな状況ではなかったはずです。また、どぶ板の選挙活動を伝える記事で、堀江社長が尾道ラーメンを食べたことを報告する(8月23日)のもいかがでしょうか。ラーメン屋で客と写真を撮ったりするのは「どぶ板」とは違います。堀江社長が何を食べたかより、どぶ板を踏みながら何を訴えたかのほうが、有権者にとってはよほど有益な情報ではないでしょうか。

この2つの記事だけみても、読売の〈確かに、「話題になりさえすればよい」という、テレビなど一部メディアに問題はあった〉という社説は、あまりに無責任だといえないでしょうか。読売新聞だって「話題になりさえすればよい」と思える取り上げ方をしてきたはずです。それなのに、自らの報道を振り返って反省してみようといった姿勢は、ちっとも感じられません。

他方、朝日新聞では、1月26日付朝刊の1面コラム「天声人語」が、ホリエモン報道をテーマにしています。「あのメディアの持ち上げ方、何ですか。自分の持ち上げ方を棚にあげて、改革まで私の責任と批判している」という小泉首相の発言や、「マスコミはどうですか。すごく持ち上げたじゃないですか」という公明党幹部の言葉を取り上げ、〈目に余るような持ち上げ方をしたかどうかは、それぞれのメディアが自らの責任で省みることだ〉と主張しています。

この主張は、基本的には正論だと思います。独立した言論機関であるメディアが、国や政治家によってではなく自分たちで自社の報道について検証し、反省すべき点があれば率直に反省するというのは、独立性を保つためにも大事なことだと思います。

しかし問題なのは、〈自らの責任で省みる〉というメディアの能力は現在、多くの人々にほとんど信用されていない(そして、新聞人がそれをよくわかっていない)ことです。朝日の虚偽メモ報道ぐらいの問題になると、新聞社もさすがに自省の姿勢を見せますが、そうした大問題を除いては、自らの報道を積極的に検証したり、ミスや行き過ぎ、はしゃぎ過ぎなどについて率直に認めたりするようなことは、ほとんどないように思います。そんな状況で、〈メディアが自らの責任で省みることだ〉と言ってみたところで、その言葉を聞かされるほうは白けるだけです。

朝日のホリエモンに関する報道ぶりについても、近鉄買収騒動のときの紙面からみておきましょう。(記事はすべて04年。肩書きは当時)

・〈買収が実現すれば12球団体制が維持される。あるパ・リーグ球団首脳からは「いい流れができそうだ」との声も聞かれた。近鉄に詳しいスポーツライターの佐野正幸さんは「古い人からの批判もあるだろうが、インターネット関連企業は時代に合っている」。オリックス・ブルーウェーブ応援団長の河内毅さんも「両方のファンが丸く収まる」と買収話を歓迎した〉(6月30日付夕刊第2社会面。堀江社長の動きに反対する声は、球団オーナーたちの意見しか紹介されず)

・〈大阪ドーム 堀江コール〉〈ライブドア社長観戦 ファン「近鉄救って」〉(7月5日付朝刊第1社会面の見出し。記事には〈ファンとともに、両手を上げて応援するライブドアの堀江社長〉の大きな写真がついており、「救世主」「歓迎」などと書かれたカードも入るようにトリミング。記事には堀江社長を非難する声はなし)

・〈野球が社会から見捨てられているわけでもない。ライブドアに続いて、同じインターネット業界の楽天が新球団設立に手をあげた。こうした動きは、少なくとも三つの点で可能性を広げるものだ〉(9月20日付社説。3つの理由のうちのひとつには、〈野球とインターネットの連動〉を挙げ、〈たとえばチケットを楽天やライブドアのサイトで買う〉などと具体例を描いている)

・〈参入に名乗りをあげた2社のうち、規模や信用度からいえば楽天の方が上だろう。しかしライブドアが早い段階で手をあげ、それがきっかけになって球界の縮小が避けられたことを忘れてはならない。「本拠地は仙台」と言ったのもライブドアが先だった〉(9月24日付社説)

・〈変われプロ野球〉〈シンポジウム「新球団に期待する」〉(10月20日付朝刊スポーツ面。朝日新聞が主催したシンポジウムを全面で紹介。堀江社長とファンらの一問一答の様子を、堀江社長の大きな写真付きで報告)

・〈アダルトサイトの問題を指摘するのはいいけれど、ことさら問題にするのはいかがなものか。ライブドアは、球界再編の動きをいち早く起こした。そういう全体的な本筋の評価も必要では〉〈客観的には楽天が有利かもしれないが、参入後により大きな風穴を開けられるのはライブドアの方では〉(11月1日付夕刊第2社会面。新規参入球団の決定が翌日に迫ったことを伝える記事の、坂上康博・福島大教授と漫画家やくみつるさんのコメント。楽天を支持するコメントはなし)

このように、朝日がホリエモンに肩入れした報道をしていたのは、疑いの余地がないところです。

堀江社長に証券取引法違反の容疑がかけられるとは、当時は予想もしなかったのだと思います。そのことをもって、見る目がないとか、分析力がないなどと新聞を責めるのは、酷なように思います。

ただ、堀江社長らライブドア幹部が逮捕された現在、堀江容疑者をめぐる報道に読者が違和感を覚えているのは事実です。新聞は結果からみれば、不法行為をしていたとされる会社社長にスポットをあて続け、あるときは利用し、あるときは持ち上げてきたはずです。そのことに対してどう思うのか、新聞は読者に説明を負っているように思います。

メディアだって持ち上げたんだから、人のことを批判する資格はない、といった小泉首相ら政治家の主張が問題外なのは、言うまでもありません。新聞は、与党や首相らの責任や認識をどんどん問うべきです。

しかし、これまでの自らの報道を検証し、なんらかの見解を読者に明らかにすることが求められていることも、新聞は忘れてはならないと思います。
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by tmreij | 2006-01-29 17:18 | 本紙

新聞はホリエモンを持ち上げたか(1)

ホリエモンをめぐって、政治家と新聞が非難合戦を繰り広げています。きょう(2006年1月27日)の読売新聞は、社説〈メディア批判と「不明」は別の問題〉で、政治家たちからの攻撃に応えています。

この一件は、ライブドアの堀江貴文・前社長が昨年9月の衆院選に立候補したとき、武部幹事長や竹中経済財政相(当時)が応援演説に駆けつけるなどしたことに端を発しています。マスコミや野党は堀江前社長の逮捕後、「堀江容疑者をバックアップしていた」と自民党を批判。それに対し、党総裁でもある小泉首相らが「メディアだって持ち上げたじゃないか」と反論しているものです。

この日の読売を含め、新聞からは再反論が出てきています。ただ、その内容はというと、説得力はないし、読者の共感を得られるようなものでは到底ないように思います。

読売の社説には、次のような文章があります。

〈疑問なのは、首相が、衆院予算審議で「メディアが騒いで、(堀江容疑者を)時代の寵児のように扱った」と、メディアを批判したことだ。/確かに、「話題になりさえすればよい」という、テレビなど一部メディアに問題はあった。だが、それで首相の「不明」が帳消しになるわけではない〉

注目したいのは、〈テレビなど一部メディア〉という言葉です。読売は、自分のところを含め、新聞には問題はなかったとの認識なのです。

果たして、そうなのでしょうか。

ホリエモンをマスコミが取り上げるようになったのは、プロ野球近鉄の買収に名乗りを上げた04年夏ごろからでした。ただ、ホリエモンに関する報道ぶりについて、この時期の読売をチェックしても、バランスの取れた評価はできないように思います。というのも、読売の主筆でもある渡辺恒雄会長は、自らプロ野球1リーグ構想をぶち上げていて、その妨げになるようなことをするホリエモンを明らかによく思っていなかったからです。

フジテレビ買収騒動(05年2月〜)についても、マスコミは全般的に批判的でしたので、あまり分析に適当とは思えません。

そこで、昨年の衆院選のときの読売をみてみましょう(記事はすべて05年。肩書きは当時)。

8月20日付朝刊では、自民党が第4次公認候補を発表したというニュースを、1面で報じています。堀江社長は結局、公認されなかったのですが、武部幹事長と並んで立候補の会見をする堀江社長の写真を、目を引く位置に載せています。また、第1社会面でも、選挙区(広島6区)入りして人の渦に巻き込まれた堀江社長の写真を大きく掲載。〈異端児に”戦線恐々”〉という派手な見出しをつけた記事は、〈今回はどんな旋風を巻き起こすのか〉〈若い男性から「日本を変えてくれ」と声をかけられると、「頑張ります」と答えた〉と、期待感を込めているとも読み取れるような仕立て方になっています。

翌8月21日付朝刊2面の〈衆院選ドキュメント〉では、記事中に竹中経済財政相や菅直人・民主党前代表ら7人の政治家(うち1人は匿名)が登場するというのに、写真は〈報道陣に囲まれながらだるまを購入する堀江氏〉のものだけが使われています。

8月23日付朝刊政治面の1コマまんがでは、首から下はドラえもんの堀江社長が、対立候補の亀井静香氏と相撲を取っている(その相撲は「とんとん相撲」で、小泉首相が相撲盤を叩いている)絵を載せています。同第2社会面には、〈「勝ち組」も、ベテランの大物も らしくない どぶ板の戦い〉という見出しで、広島6区の堀江社長ら3人の写真を並べてそれぞれの選挙活動を報告する大型記事を掲載。〈(堀江社長は)22日には、地元名物の尾道ラーメンを食べに出かけ、客の求めに応じて一緒に写真に写ったり、握手を交わしたりした〉という、ワイドショーの新聞版みたいな描写も出てきます。

8月25日付夕刊の第1社会面トップでは、堀社長と亀井氏の大きな顔写真を並べ、投票用紙に「しずかちゃん」と書かれても亀井氏の得票になるが、「ドラえもん」と書いてあっても堀江社長への1票にはならないことを(わざわざ)報告。公示日の8月30日付夕刊社会面は、全国に300ある選挙区から7つをピックアップし、そのひとつとして堀江社長の広島6区も取り上げ、〈「若さとパワーで、改革を遅らせる古い政治家ととことん戦う」〉という堀江社長の第一声を紹介しています。

〈注目選挙区 最後の訴え〉という見出しをつけた9月11日付朝刊第1社会面の記事でも、注目の4選挙区のうちの1つとしてトップで広島6区を取り上げ、堀江社長が〈真っ赤なシャツを着用〉し、大仁田厚・参院議員と竹中大臣から応援演説を受けたことを報告。投票日翌日の9月12日付朝刊第1社会面では、〈ホリエモン及ばず 「次も出る」〉という4段見出しを掲げ、〈落選が決まり顔をゆがめる堀江さん〉という写真をつけた記事が、〈(堀江社長は)亀井さんとテレビ番組を通じて、互角の論戦を演じていただけに、表情には悔しさがありあり。「また選挙になったら僕は出ます。この6区に戻ってきたい」とリベンジを誓った〉と、堀江社長に対する評価もまじえて伝えています。

このように、読売新聞は、並々ならぬ注意をホリエモンに注ぎ、紙面でも特別扱いを続けてきました。

(つづく。この稿、2回に分けます)
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by tmreij | 2006-01-28 21:29 | 本紙

「日掛け金融」の実態も追って

きょう(2006年1月25日)の朝日新聞朝刊の第2社会面には、〈日掛け金融、条件厳しく〉〈最高裁判断 悪質高利排除に道〉という記事が出ています。

お隣の第1社会面では、ライブドア関連の記事がカラー写真やチャートつきで掲載されています。大きさや派手さでは2つは比べ物になりませんが、根っこのところでは共通点があるように思います。新聞には、日掛け金融もライブドアと同じぐらい重要視することを望みます。

記事によると、「日掛け金融」は、主に小規模業者に金を貸し、年率54.75%というべらぼうな金利を取っています。ただ、だれでもこんな商売をできるわけではなく、返済期間を100日以上にすることや、返済期間の半分以上は自ら集金に出向くことなどが、出資法で義務づけられています。そうした条件を満たし、かつ、貸借のときに書類で明示することが、日掛け金融を営む条件となっています。

今回、最高裁は、「ダイヤモンドリース」(福岡県久留米市)という業者がイベント会社と設計会社に金を貸したことについて、書類があいまいで、日掛け金融の条件を満たしていないと判断。契約を有効としてきた一、二審の判決を破棄し、福岡高裁に審理をやり直すよう命じました。

超高利に苦しんだであろう2社にとっては、救われる思いでしょう。高裁差し戻しですから、「利息を払い過ぎている」といった自らの主張が完全に認められたわけではありませんが、最高裁が審理をやり直せと言ったのは、自分たちに有利は判決に向けての大きな前進だといえるでしょう。

気になるのは、一審、二審ではこの契約が有効とされてきたという点です。きょうの記事を読む限り、この貸金業者は出資法に明白に違反していたと思えます。しかし、法の番人である裁判官たちが、あからさまな違反を見逃してきたはずはありません。考えられるのは、書類は見ようによっては条件を満たしている(つまり合法)ともとれるものだったということでしょう。

記事ではまた、〈100日に満たない段階で新たな貸付契約を結ぶ「借り換え」を繰り返している点も問題だとした〉という最高裁の認定も紹介されています。これも、一読して不法行為があったのではないかと思えてきます。しかし、契約は有効という判決が出続けてきたということは、これについても地裁、高裁は、合法と認めてきたということです。

裁判について述べるのは、この文章の趣旨ではありません。言いたいのは、新聞は、こうしたグレー(合法と違法の境界を行っている)ともいえる業種や業者に対し、弱者(少なくとも経済弱者)を守るという立場から、厳しい批判を展開すべきだということです。

お隣のライブドア事件では、法の網の目をかいくぐって(一部ではおそらく法を犯して)金もうけに走ったホリエモンらの姿勢に対し、新聞は強い非難を浴びせかけています。利益を上げるためなら脱法行為だって認められるんだという考え方に、大きなバツをつけています。

そうしたライブドアの商法と、今回のダイヤモンドリースの稼ぎ方は、根本で共通しているように思います。「キワドイことをやってこそ、もうけは大きい」という発想を、どちらももっているように感じます。となれば、新聞はやはり、ダイヤモンドリースについても実態を探り、その結果によってはバツをつけるべきではないでしょうか。

キワドイことをやっていても、誰にも迷惑をかけないのであれば、まだ社会に認められるかもしれません。しかし、ライブドアについては、実態にあわない高値で株券をつかんだ人たちが、大泣きをしています。こういう人たちはまだ、投資する金があるだけまだましです。ダイヤモンドリースをめぐっては、金が無くて借金をした会社が、ばか高い利息に苦しみ借金を重ねるという、借金地獄のスパイラルにはまっているのです。

叩きやすいホリエモンたちを叩くのも結構ですが、利益至上主義を地で行く企業は他にもたくさんあります。そういう業界・業者にも、同様に厳しく当たってほしいと思います。そうした業者の影には、大泣きではすまないほど苦しんでいる人たちがたくさんいるのですから。
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by tmreij | 2006-01-25 21:30 | 本紙

拝金主義はホリエモンだけじゃない

ライブドアの堀江貴文社長が逮捕されました。きょう(2006年1月24日)の各紙朝刊は、1面から社会面まで、ライブドア関連の大型記事や堀江容疑者らの写真、カネの流れを示すチャートなどでいっぱい。新聞をつくる人たちのアドレナリンが感じられます。

しかし、記事を読み進めていくと、作り手の興奮に反して、冷めた読後感を覚えます。「水に落ちた犬は叩け」という言葉が頭に浮かんできます。

各紙に共通する報道姿勢としては、毎日の社会面見開きの大見出し〈世界一狙い「虚業」〉〈時代の寵児 転落〉が象徴しているように思います。

記事をみると、〈堀江社長が強調してきたカネがすべてという考え方にも冷水を浴びせた〉(毎日社説)、〈「堀江容疑者のやり方は、汗水流さずに大金を得るようなもの。おかしいと思っていたから、逮捕は当然」〉(毎日社会面、フジテレビ社員コメント)、〈「株式が虚業であることは本人が一番よく知っていたはず。世界一になるゲームに没頭するあまり、自ら錯覚に陥り足を踏み外したのだろう」〉(読売社会面、作家コメント)——といった言葉で堀江容疑者と拝金主義を非難する内容が目立ちます。

批判はその通りかもしれません。逮捕容疑が事実であれば、もっと厳しい非難を受けて当然です。

ただ、濡れ手で粟のような話はごろごろころがっているのに、ホリエモンの逮捕というタイミングで、新聞が突然「虚業」をいさめるような記事や主張をぞろぞろと出してくるのは、なんとも偽善的かつご都合主義に思えます。

まだ記憶に新しい先月のジェイコム株の売買では、大手証券会社6社が短期間に計約160億円もの利益を生み出しました。この莫大なもうけは、何かを製造・販売した結果ではありません。株券という紙切れを買い、それを売ったり決済したりしただけで得たのです。まさに「虚業」です。

しかも、このときの取引は、みずほ証券の社員が端末操作を誤り、極端に安い値をつけるというミスに乗じたものでした。ミスだとわかっていながら、各社がジェイコム株をどんどん買い込み、高値で売ってぼろもうけしたのです。「カネのためなら何でもやる」という姿勢が見えます。

この騒動をめぐり、新聞が今回のような非難を証券会社に浴びせたかというと、そんなことはありませんでした。背中に向かって「火事場泥棒!」とやっかみ気味に声をかけるようなことはしていましたが、あんたらいったいどんなつもりだったのかと突っ込んだり、ミスにつけ込むモラルの低さを嘆き糾弾したりするような記事は、ほとんど見かけませんでした。それどころか、証券会社が利益の返上を表明したことを美談ともとれるような書き方で記事にしたり、20億円以上をもうけた個人投資家を時の人のように扱ったりしていました。

なにも、新聞は堀江容疑者に厳しくすべきではない、と言っているわけではありません。もし不正が本当なら、責任をきっちりと問う記事をどんどん書くべきです。

ただ、逮捕されて反論や提訴ができないような人に対してだけ、「このカネの亡者め」などと罵声を浴びせるようなことには、強い違和感を覚えます。池に落ちて追い込まれた「弱い人」だけでなく「強い人」、言い換えれば、有力企業や機関投資家たちに対しても、ふだんから強い姿勢で倫理を問うのが、新聞の役割ではないでしょうか。

ホリエモンは法を犯した疑いがあり、ジェイコム株でもうけた証券会社は違法行為はしていないのだから、一緒くたにすべきでない、という反論はあるでしょう。しかし、〈明文化したルールで企業行動の限界を逐一記述し尽くせないとすれば、あいまいに見えるのりしろは倫理とフェアプレーで埋めるのが市場主義の下での経営だ〉(日経1面署名コラム)と説き、〈堀江容疑者は、「法が禁じていなければ何でもできる」と法が前提とする暗黙のルールを公然と踏みにじってきた〉(読売社説)と非難するのであれば、新聞は大企業や投資家らのアンフェアな行為についても、違法でなくても指弾すべきです。

それをせず、一方でホリエモンをボコボコにしているのをみると、新聞って結局、やりやすいことをやるだけなのか、という気がしてきます。
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by tmreij | 2006-01-25 03:27 | 本紙

うわさ話でも情報源にしているのか

イラクのサマワで銃撃戦があり、イラク人に死傷者が出ました。きょう(2006年1月23日)の読売新聞朝刊は、2面でこの出来事について伝えています。

簡潔にまとまった記事ですが、その書き方からは、ちと読者をなめている感じを覚えます。

記事によると、銃撃戦はパトロール中の英軍と武装勢力との間で発生。市民1人が巻き添えになって亡くなりました。陸上自衛隊が駐留するサマワで起きただけに、多くの日本人にとって気になるニュースだと思います。

その意味で、読売が〈サマワ・英軍 銃撃戦〉〈市民4人 死傷〉という3段見出しをつけ、目立つ扱いにした判断はよかったと思います。毎日は国際面で2段見出し(共同記事を使用)でしたし、朝日は同じく国際面で短信ベタという地味な扱いでした。

気になるのは、読売の記事の書き出し方です。〈陸上自衛隊が駐留するイラク南部サマワからの情報によると〉と始まるのですが、まるでサマワから風に乗って流れてきたうわさ話(風説)でも小耳にはさんだかのような書き方ではないでしょうか。〈サマワからの情報〉とはいったい、何を指しているのでしょう。

記事中には、〈英軍報道官は……と述べた〉〈警察筋は……とみている〉という文章が出てきます。しかしこれらは、文頭の〈サマワからの情報によると〉を受けていると読むのがふつうでしょう。英軍報道官や警察筋から直に話を聞いたのではなく、〈サマワからの情報〉の中に、英軍報道官らの見解も含まれていたのだと思います。

今回の読売の記事は、サマワから遠く離れたエジプトにいる記者が書いています。それだけに、情報源はだれ(何)かということはとても重要なはずです。読者にしてみれば、記者が現地で直接取材して得た情報でないことは明らかですから、どこから出てきた話なのかによって、その記事の信ぴょう性などを判断するしかないからです。

それなのに、〈サマワからの情報によると〉は、ないんじゃないでしょうか。

こんな書き方をする理由は、いくつか考えられます。APやロイターといった外国通信社の配信記事をもとにしたことを、ぼやかしているのかもしれません。現地にいる助手から伝え聞いた話だということも、あり得るでしょう。自衛隊筋から情報提供があった可能性もあります。

いずれにしろ、もう少しちゃんと情報源を書くべきです。仮に他社の記事がネタ元である場合は、そう書くのは抵抗があるかもしれませんが、事実なんですから仕方ありません。助手が情報源なら、そう書いたってまずいことはないはずです。それ以外から得た情報だとしても、〈サマワからの情報によると〉よりも具体的に書く方法はあるはずです。

毎日が使用した共同の記事は、〈サマワの英軍報道官によると〉などと情報源を明確にしています(共同はサマワから記事を配信)。カイロで記事を書いた朝日も、共同ほどはっきりしてはいないものの、〈イラク警察筋によると〉と、どこから情報を得たかを示しています。

ニュースソースはどこなのかということを明らかにするのは、基本中の基本のはずです。情報源を明示しない記事からは、「われわれが記事にすることをだまって信じればいいんだ」という新聞側のおごりを感じます。
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by tmreij | 2006-01-23 23:53 | 本紙

聴取されたもう1人はだれ?

ライブドア幹部が、検察の事情聴取に任意で応じました。きょう(2006年1月21日)の読売新聞朝刊は、〈ライブドア 宮内取締役ら聴取〉という大見出しの記事を1面に掲載しています。

それによると、〈(東京地検特捜部は)幹部3人から任意で事情聴取した〉とのこと。当然ながら、3人ってだれ?と気になるところです。

記事を読むと、2人の名前が出てきます。〈グループの実質ナンバー2で、財務責任者の宮内亮治・同社(ライブドア)取締役〉と、〈グループの経営企画を統括していた熊谷史人・ライブドア取締役〉です。

ところが、もう1人がだれなのかは書いていません。不自然かつ不親切です。

これが仮に、事情聴取されたのが3人ではなく10人だったら、主だった2人の名前だけ出して済ませるのはまだわかります。全員を書くとなれば、結構なスペースが必要となるからです。

しかし、今回事情を聴かれたのは3人です。2人分の名前を書くのも3人分を載せるのも、スペースではそんなに変わりはありません。幹部3人のうち2人だけ出して、もう1人の幹部だけ伏せるのは、紙面の問題ではないように思います。

考えられるのは、新聞社はもう1人の名前を知りながら、書いていないということです。検察から名前を伏せるよう要請されたとか、事件への関与の度合いなどから新聞社が名前を伏せると決めたといったことが、理由として推測できます。

また、1人だけ特定できなかったという可能性もあります。検察は警察と違ってふつう記者発表をしませんから、だれが事情聴取されたのかは取材で突き止めるしかありません。読売は、2人まではわかったけれど、残る1人は詰め切れなかったのかもしれません。

理由はなんであれ、読者にしてみれば、3人のうち2人だけ特定されていて、あとの1人はわからないなんて、なんとも落ち着きません。新聞は、読者をこんな状態のままにすべきではありません。

他紙をみてみると、朝日も宮内、熊谷両氏らが聴取されたと書いています。毎日は、宮内氏と〈「ライブドアファイナンス」(港区)役員〉らが追及されたと説明しています。読売と似ていますが、2紙とも事情聴取された人数を特定していない分、読後の落ち着かない気持ちは読売ほどないように思います。

では、読売が〈幹部3人〉と書いたのが悪かったのかというと、そんなことはありません。読者にとっては、情報が多いに超したことはないわけですから、人数を限定した点で、朝日や毎日より優れた記事といえるでしょう。優れているはずなのに、読者へのサービス精神や配慮がないから、不親切な印象の記事になっているのです。

じゃあ、どうすればいいのかというと、単純です。1人だけ名前を明らかにできない理由を、読者に説明すればよいのです。「残る1人は事件への関わりが小さいとみられるため氏名は伏せた」とか、「もう1人の氏名については不明」とか、率直に書くのです。

新聞にすれば、内情を知らせすぎだとか、カッコ悪いなどといった思いがあるでしょう。抵抗感は、かなり強いと思います。しかし、自らを大切にして、読者をないがしろにしてよいはずがありません。読者がすっきりと納得できるような記事にすることを、最優先にすべきです。

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ちなみに、東京も読売と同様、聴取は3人と限定し、宮内、熊谷両氏だけ挙げています。日経は、人数を特定せずに宮内、熊谷両氏の名前を列記。産経だけが、宮内、熊谷両氏のほか、〈関連会社ライブドアファイナンスの中村長也社長らとされる〉と、第三の人物の名前を記しています(聴取人数は特定せず)。
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by tmreij | 2006-01-21 23:59 | 本紙

ライブドアの「実質支配」ってなに?

ライブドアをめぐる報道合戦が続いています。きょう(2006年1月20日)の全国紙各紙も、朝夕刊とも、1面や社会面などにライブドア関連の記事を大きく掲載しています。

金や株の流れをチャートで示すなど、ライブドアの「手口」について読者にわかりやすく伝えようと、各紙が努力しています。それでも何回読んでもよくわからない点も少なくありませんが、事件がそれだけ複雑だということなのでしょう(理解力の問題ということもあると思いますが)。

ただ、よくわからない原因のひとつとして、大事な点が大事に扱われていないということがあるように思います。

今回、ライブドア本社などに家宅捜索があったのは、ライブドアの関連会社(ライブドアマーケティング)が、証券取引法に違反した疑いがあるからです。

この関連会社は、04年10月に出版社を買収したのですが、その売買は直接2社間でされたものではありませんでした。当時、出版社は、ファンド(投資事業組合)の所有だったからです。そこで関連会社は、ファンドから出版社を買いました(株式交換)。ただ、対外的には、関連会社は出版社を買収したとだけ発表しました。

これが問題となったのは、売り主であるファンドが、実はライブドアと一心同体だと、検察が判断したからです。検察側から説明を受けた各紙は、このライブドアとファンドの関係を、「実質支配」「事実上一体」などの言葉で表現。そして、「ライブドアの関連会社は、実施的にライブドアの持ち物(出版社)を買っただけなのに、いかにも無関係の会社を新規購入したかのような虚偽の発表をした」といった、検察側の見立てを伝えてきました。

気になるのは、この「実質支配」というやつです。本件の容疑は、ライブドア関連会社とファンドに「実質支配」という関係があるから成り立つはずですし、逆に「実質支配」がなければ崩れるようにも思います。それぐらい大事なキーワードだと思うのですが、「実質支配」とは正確にはどういう状態を指していて、どういう根拠に基づいてそう言えるのかが、各紙の記事からはよくわからないのです。

きょうの読売朝刊の社会面記事は、エイチ・エス証券という会社がファンドについて、〈ライブドアの意向を受け、設立・運営していたことを明らかにした〉と書いています。こういう記述を読むと、かなり大ざっぱな説明ながら、なるほど「実質支配」の状態にあったのだろうと理解できます。

しかし、上の記述は続きがあり、〈(ファンドは)04年8月には、ライブドア関連の出資金を全額返還しており、「通常の商取引の範囲内で違法性はない」などと述べた〉となっています。問題となっているライブドア関連会社による出版社の買収があった04年10月には、ファンドにはライブドア本体の出資はなかったというわけです。

出資していないのに「実質支配」しているというのは、どういうときにいえるのでしょうか。きっといろいろな場合があるのでしょうが、それがどんな状態を指すのか、一連の報道からは、よくみえてきません。つまり、「実質支配」していると記事に書いてあっても、その言葉に現実味がないのです。

きょうの産経朝刊の1面記事は、ライブドアが〈「株を取得した投資事業組合(ファンド)はライブドアのグループ企業が(直接的に)出資しておらず、連結決算に入れるのは妥当ではないと判断した」〉と説明し、〈「ライブドアと一体である投資組合が買収済みだったのに、事実を公表しなかった」と報道されたことに対する反論〉をしたと報じています。ライブドアは、「実質支配」という見解に異議を唱え、違法行為はなかったと主張しているわけで、このことからも、「実質支配」がポイントであることがわかります。

新聞は、検察リークを主な情報源として、ライブドア本体の粉飾や不正な金の流れなど、本件容疑から離れた疑惑を次々と打ち上げているような感じがします。そうした報道には、一定の意義を認めますが、危険性も感じます。

まずは、強制捜査につながった本件容疑において、カギを握る(と思われる)「実質支配」が何を指しているのかを検証し、読者にわかりやすく伝えることが大事なように思います。
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by tmreij | 2006-01-20 23:59 | 本紙

新聞は、つけ込まれてはいないか

きょう(2006年1月18日)の全国紙朝刊は、とてもキュウクツそうです。ライブドアの家宅捜索と、宮崎勤被告の最高裁判決、阪神大震災11周年、ヒューザーの小嶋進社長の衆院証人喚問が、前日に集中したからです(家宅捜索は16日から17日にかけて)。

これだけ1面や社会面トップ級の話題がそろうことは、そうそうないように思います。証人喚問を除き、一報はきのうの夕刊でありましたが(家宅捜索は17日朝刊)、きょうの朝刊にも関係記事がひしめいています。

こういう紙面をみると、つくづくニュースの価値というのは相対的だなあと思います。他に大きな話題がない日であれば、いずれのニュースももっと手厚く、目立つように報じられていたことでしょう。

新聞は、このニュース価値の相対性が利用される恐れを意識し、そのことへの対処法を考える必要があるように思います。

17日にあったビッグイベントで、本来動かしようがなかったのは、阪神大震災の記念日だけです。家宅捜索は検察庁、最高裁判決は裁判所、証人喚問は国会がそれぞれ、任意で日程を決めています。特に、家宅捜索と証人喚問は、かなり最近になって決定されたと思われますし、別の日にしようと思えばできたようにも思います。

結果的に、すべてが17日に集中したことで、スペースに限りがある新聞紙上では、どのニュースも普段より価値が小さくなったといえるでしょう。阪神大震災の記念日を大きくアピールしたい人たちにとっては、残念だったと思います。その一方、証人喚問された小嶋社長や同社長と関係があったとされる国会議員や役人らには、他のニュースにまぎれて傷を浅くできたという思いがあったかもしれません。

考えようによっては、特定のニュースの価値を下げたい人たちが、この日をねらったのかもしれません。

大きなイベントが重なるのは、新聞の責任ではありません。でも、このままでは、意図的にニュース価値を下げようとする人々に、好きにやられてしまうだけではないでしょうか。何らかの対抗方法はないのでしょうか。

ひとつ考え得るのは、こういう日にはページ数を増やすことだと思います。今回のように、阪神大震災記念日と最高裁判決、証人喚問が事前にわかっているようなときには、あらかじめ紙面を拡大して待機しておくことは、比較的しやすいのではないでしょうか(もちろん、金や労力はかかるでしょうが)。そうして、さまざまな角度からの記事を、大見出しでバンバン打つべきです。1面トップや社会面トップといった目立つ場所が限られるのは変わらないでしょうが、少なくとも、スペースがないから大事な記事や詳細な記事を載せられないということはなくなるはずです。

ニュース価値がタイミングにより大小してしまうのは、紙面という制約をもつ新聞の宿命でしょう。しかし、そこにつけ込まれず、読者に大事なニュースを大事なんだとわかるように伝える工夫を、新聞はもっとできるように思います。
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by tmreij | 2006-01-18 23:59 | 本紙