2006年 04月 28日 ( 1 )

「証拠隠滅の恐れ」に甘くないか

きょう(2006年4月27日)の全国紙各紙朝刊は、東京地裁が、ライブドア前社長の堀江貴文被告の保釈を認めたと報じています。

逮捕は1月23日だったので、すでに3カ月以上も東京拘置所で身柄の拘束が続いていることになります。ちょっと長過ぎるんじゃない? と感じる人も多いと思うのですが、この日の記事には、そういう素朴な疑問にこたえるような記述はありません。

この程度の勾留など、特に問題なし、ということなのでしょうか。それならそれでいいのですが、であれば、なぜ3カ月以上も身柄を拘束する必要があるのか、読者にていねいに説明すべきだと思います。

被告は起訴事実について争っているので、保釈してしまうと証拠を隠滅する恐れがある、というのが検察の理屈でしょう。しかし、この理屈をすんなりと受け入れていくと、検察に刃向かう被告は全員、保釈が認められないことになってしまいます。間違って逮捕・起訴された場合、被告は当然、検察と争うわけですが、そんな場合も、ずっと身柄を拘束されたままになるのです。そうした長い勾留が、えん罪の温床になってきたのは、歴史的にも明らかです。

新聞は、「証拠隠滅の恐れ」に安易に理解を示すのではなく、もっと懐疑的になるべきではないでしょうか。検察が起訴したということは、有罪に持ち込むだけの証拠をそろえたということです。その後にもなお、被告が証拠を隠滅する恐れがあるというのは、具体的にどういうことを指しているのか。もしかして、口が達者な被告に取り調べなどについてマスコミでぺらぺらしゃべられたら困る、といった別の意図はないのか。そうしたことを、しっかりチェックすべきです。

今回の堀江被告の長期勾留にずばっと異論を唱えたのは、朝日の4月17日付朝刊の社説〈長い勾留 自白の無理強いでは〉ぐらいのように思います。この社説は、〈ライブドア時間では、全面否認の堀江貴文被告だけが今も勾留されている。「起訴事実を認めていないので、関係者と口裏を合わせて証拠隠滅をする恐れがある」という検察の言い分を、裁判所が認めているからだ〉と説明。そのうえで、〈だが、いまさら堀江被告が証拠を隠して回るだろうか〉という当然の疑問を投げかけています。

同じ視点で、裁判所や検察の判断の妥当性を厳しく検証する一般記事が、なぜないのでしょうか。

堀江被告は、証券取引法に違反した「悪人」なのかもしれません。しかし、いくらその可能性が高かろうと、裁判所や検察の横暴を大目にみていいことにはなりません。新聞は、被告がだれであろうと、権力のチェック機関としての役割を、淡々と果たすべきだと思います。
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by tmreij | 2006-04-28 00:28 | 本紙