2006年 02月 26日 ( 2 )

「格差」直結は強引では & 永田議員にダメ出しを

きょう(2006年2月26日)の北海道新聞は、1面トップで〈経済格差 学力に反映〉という見出しのアンケート集計記事を掲載。その下では〈「永田氏謝罪で収拾」〉という見出しで、民主党の送金指示メール問題の続報を載せています。

読んでいて、どちらにも思うところがあり、どちらかにしようかと思ったのですが、日曜ですし、どちらも書きます。(日曜はあまり関係ないかもしれません)

まず、いまはやりの「経済格差」記事(共同通信の配信と思われる)から。

記事によると、日教組の教育研究全国集会に参加した全国の小中学校教員126人が、共同のアンケートに回答。〈「この十年間に保護者の経済的な格差が広がったと思うか」〉と聞いたところ、「強く感じる」と答えたのは29%、「やや感じる」は48%だったようです。また、〈平均程度の学力の子が減って下位層が増え、上位層との二極化傾向が進んでいるとされることについて、家計の格差が影響しているか〉という質問では、「強く思う」が12%、「やや思う」が36%という結果が出たようです。

これらをもって、道新は〈経済格差 学力に反映〉という大きな見出しをつけている(見出しやレイアウトはふつう各紙が独自にする)のですが、はたして妥当な見方でしょうか。

経済格差が広がっていると感じている教員は8割近くに上りますが、学力二極化の原因が経済格差にあると考えている教員は5割を切ります。小中学校の先生が2人いれば、1人は経済格差が学力に影響しているとみていますが、もう1人はそうは思っていなかったり、わからなかったりしているのです。

そんなアンケート結果で、経済の二極化と学力の二極化が直接結びついているような印象を読者に与えるのは、やはりちょっと乱暴なように思います。

経済格差の問題に取り組むことはとても意味があると思いますし、タイムリーな話題を大きく扱うのも自然なことだと思います。しかし、データとその解釈(見出しを含む)の間に飛躍や無理が感じられる記事は、いくらその狙いや着想がよいものだったとしても、評価することはできません。それどころか、読者の考えを無理やり一定の方向に導こうとしている意図やうさん臭さを感じさせ、記事がアピールしたかったポイントから読者を遠ざけてしまうことさえ起こり得るように思います。

新聞は、データを解釈し位置づけるときは、良心からではあっても、強引なことはすべきではないと思います。

次に、「送金指示メール」記事について。

この日の記事は、〈永田寿康衆院議員を議員辞職させず二十七日からの週内に謝罪の記者会見を開いて収拾させる方向で検討に入った〉とし、〈執行部の責任問題について、前原氏は(中略)自らの引責辞任を否定〉したと報じています。

この問題においては、道新を含め新聞は、民主党に非難を浴びせています。ただ、なんか物足りない感じがします。なぜそう感じるのか考えてみたのですが、どうも、永田氏に対しても民主党に対しても、厳しさが足りないような気がするのです。

これまでの報道をみる限り、国会質問の前にメールの真偽を確認する作業はしなかったようです。永田氏および民主党の、大きな落ち度です。

ただ一般論として、真偽がはっきりしない情報について質問したり、相手の反応をみたりすることは絶対だめかというと、そうは思いません。とある情報を得たがこれは本当か? と国会で尋ねたって、聞かれたほうは、違うなら違うと答えればよいのです。でたらめな質問によって名誉や信用を傷つけられる、という主張もあるでしょうが、自ら進んで公人になる人は、火の粉がふりかかることぐらいは覚悟すべきでしょう。だいたい、いい加減な質問というのは、ほどなくいい加減だと判明し、結局は質問した人が信用を落とすことになるので、そんなに多くは出ないはずです。

とはいえ、今回の永田氏の国会での発言は、「質問」の範ちゅうを超えていたように思います。自民党の武部幹事長について「金で魂を売っている」と断定し、その証拠もあると言いながら、それが何なのかを明らかにしないのは、言いがかりといわれても仕方ありません。入手した情報の確度を見極めないまま、思い込みで突っ走った感じがあります。

今回の騒動でさらに深刻だと思うのは、国会で勇んで追及しておきながら、旗色が悪くなると病院に逃げ込んだことです。これはもう、永田氏には政治家の資質が決定的に欠けていると判断していいと思います。国民に対する説明責任を理解していない、または、そんなことより自分や党のことを優先できると思っているのでしょう。

こうした人物がいろいろと情報を集め、それをもとに政策を打ち出したり推し進めたりすることを想像すると、ぞっとします。彼の給料となる税金がもったいないのはもちろん、彼が政治家を続けるのは有害ではないかとさえ思います。とうてい、〈「永田氏謝罪」で収拾〉すべきことだとは思えません。すみやかに国会議員を辞めてもらい、繰り上げで別の人を議員にしたほうが、よっぽど世の中のためになるのではないでしょうか。

新聞が野党に甘くなりがちなのは理解できますし、それが全面的に悪いとも思いません。しかし今回は、このままメールの真実性を証明できないのであれば、少なくとも永田氏については、辞職すべきだとはっきり言うべきでしょう。相当の理由がある場合(今回はすでにあるような気がします)、有権者にかわって政治家にきっぱりとダメ出しをするのも、新聞の大事な役割だと思います。
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by tmreij | 2006-02-26 23:23 | 津々浦々

受験生を混乱させていないか

国公立大学の入学試験(2次)が始まりました。きょう(2006年2月25日)の北海道新聞夕刊は、社会面でこのことを伝えています。

〈合格へ 静かに闘志〉〈道内は1万2000人挑戦〉という4段見出しと、受験会場(北大)の写真をつけたこの記事は、道内で試験に臨む4人の声を、氏名、高校名、受験する大学名入りで紹介。以下のような言葉が、受験シーズンの緊張感を盛り上げています。

〈「厳しい争いになると思いますが、今まで培った力を出して頑張りたい」〉(公立はこだて未来大)、〈「親の期待もあるので、何とか今年で決めたいと思います」〉(旭川医大)

少子化とはいえ、今も昔も受験は大変だよね、がんばってね、という気になってきます。

で、記事を読み進めていくと、すぐ下に〈「競争を促進」と教育改革を批判〉という見出しのベタ記事が目に入ります。

ここでは、津市で始まった日教組の教育研究全国集会の様子を報告。森越康雄委員長がライブドア事件に触れ、〈「教育は競争原理や抜け駆けを争うマネーゲームと対極にある」〉〈「社会や会社に役立つよう育てる大人の都合で、競争においやっている」〉と指摘したことを伝えています。

受験生は勉強で精いっぱいで、新聞を読む余裕などないかもしれません(多くの新聞は、受験に役立つとして読むことを勧めていますが)。でも、もし読んでいたら、少なからず混乱するのではないでしょうか。

上の記事では〈闘志〉〈挑戦〉などの見出しで、受験競争におけるがんばりについて書かれているのに、下の記事では〈「大人の都合で競争に追いやっている」〉と受験などが批判されているのです。入試に関係ない人だって、どう考えていいもんだか、という気になってくるように思います。

こうした紙面は、読者の気持ちを落ち着かなくします。ただ、それがよくないことかというと、必ずしもそうではないと思います。読み手を刺激し、考えるきっかけを提供する構成だと、評価することもできると思います。

でも今回は単に、わけわかんない、という印象を読者に与えるだけになっているように思います。それは、受験競争への批判を伝えるだけで、じゃあどんなふうなのがいいのか、という部分が記事にまったくないからです。

もしかしたら、教研集会が言いっ放しの会合で、対案は出なかったのかもしれません。そうであれば、記者が日教組としての見解を取材し、記事に盛り込むべきでしょう。集会が始まったばかりで、これからそういう話が出るのであれば、記事だってあせってきょう出すことはないように思います。読者にすれば、1日や2日か後になったって、中身のある記事を読みたいと思うのではないでしょうか。

新聞としては、現在の教育システムへの批判や皮肉を込めて、きょうのような紙面にしたのかもしれません。そうした狙いをもつことは悪いことだとは思いませんが、今回はうまくいっていないように思います。

もうちょっと情報を追加さえすれば、受験生に不要な混乱を与えずにすむでしょうし、建設的な議論を呼び起こす効果も高くなったように思います。

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受験の記事は道新によるものでしょうが、津の教研集会の記事は通信社や提携新聞社の配信によるものだと思います。紙面構成は、もちろん道新によるものです。
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by tmreij | 2006-02-26 09:10 | 津々浦々