2006年 02月 18日 ( 1 )

「節度ある取材」に触れないのはなぜ?

滋賀県の幼稚園児2人が、別の園児の母親に殺害されました。きょう(2006年2月18日)の全国紙朝刊は、きのうの夕刊の第一報に続き、この事件に関する記事を1面や社会面などで大きく掲載しています。

ここのところ、小さな子どもが被害者となる残忍な事件が続き、そのたびに新聞は、派手な見出しの記事を載せています。

最近の傾向として、そうした記事のなかで、「遺族の心情を思い、節度ある取材をする」と表明することが増えています。広島と栃木の小1女児殺害事件(それぞれ昨年11月と同12月)や京都の小6女児殺害事件(同12月)でも、主要紙はほぼ全紙、遺族側の「そっとしておいて」という思いと、地元報道各社による「申し合わせ」について伝えています。

では今回はどうかというと、きょうの朝刊まででは、全国紙3紙で「節度ある取材」について報じている新聞はありません。

遺族が気丈にも、できるだけ取材に協力しようという考えなのかとも思いましたが、そうではないようです。きょうの産経新聞と東京新聞はともに、〈取材自粛を要請〉という見出しのベタ記事を掲載。殺された男児の父親が、遺族・親族や近所、弔問客らへの取材の自粛を求める張り紙を、玄関ドアにしたことを伝えています。

産経はさらに別のベタ記事で、〈大津市に拠点を置く報道各社責任者でつくる「十社会」は十七日、「被害者家族をはじめとする関係者の心情やプライバシーなどに配慮し節度を持って取材・報道に当たる」と申し合わせた〉と報じています。

なぜ全国紙は、これらのことを報じないのでしょうか。

こう書くと、全国紙を非難しているような感じになりますが、必ずしもそうではありません。遺族がショックで取材どころではないのは当たり前でしょうし、報道機関が遺族らの思いを考慮して節度ある取材を心がけるのも当然でしょう。どちらもごく普通のことですから、本来はあえて新聞が記事として取り上げることではないはずです。メディアが当たり前のことを当たり前と考えず、遺族らからの抗議の声を受けて、自らに言い聞かせるような記事を載せるほうが、異常なのです。

その意味では、今回の事件報道で「節度ある取材」の記事が全国紙に出ていないのは、本来あるべき状態になったと考えることができるのかもしれません。実際の取材の現場は見ていないので正確にはわかりませんが、これまでの紙面をみる限りは、近所での取材はややうるさいと受け止められるものもあったでしょうが、新聞はおおむね、冷静なふるまいをしているように思います。

ただ、遺族の意向や「節度ある取材」について全国紙が書いていないのは、できるだけ取材活動を制限したくないと考えているからという可能性もあります。ここ何回かの経験から、「節度ある取材」宣言などしていては、読者の欲求を満たす突っ込んだ記事は書けない、と判断したとも考えられます。

いったいどちらなのかは、各紙の今後の記事や、他のメディアなどから聞こえてくる地元住民の声などによって、明らかになることと思います。
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by tmreij | 2006-02-18 20:48 | 本紙