2006年 01月 16日 ( 1 )

「わが社の大会が1番」と言いたいのはわかるけど

きょう(2006年1月16日)の読売新聞朝刊は、囲碁の棋聖戦(読売新聞主催)がベルリンで始まったことを、写真と盤面図つきで第2社会面で伝えています。

記事はこの棋聖戦について、〈囲碁界の最高実力者を決める一戦〉と位置づけています。似たようなタイトル戦がいろいろあるなか、自社主催のものを、最高のタイトル戦と呼びたい気持ちはわかります。

でも、それってかなりカッコ悪いですし、何より、妥当な位置づけといえるのでしょうか。気張り過ぎて、読者に誤った認識を植えつけてはいないでしょうか。

囲碁のタイトル戦には、新聞社が主催するものが少なくありません。「7大タイトル戦」と呼ばれるものはすべて新聞社が噛んでいて、今回の棋聖戦のほか、名人戦(朝日)、本因坊戦(毎日)、十段戦(産経)、王座戦(日経)などがあります。囲碁がまだ人気娯楽だったころ、部数拡大を狙って各紙が大会スポンサーになったというのが経緯のようです。

これら著名なタイトル戦がいくつもあるなかで、読売は何をもって棋聖戦を〈囲碁界の最高実力者を決める一戦〉と呼ぶのでしょうか。

考えられるのは、優勝賞金です。メジャーな大会の優勝賞金を比べると、棋聖戦が4500万円で最高です。名人戦は3700万円、本因坊戦は3200万円などとなっています(日本棋院ホームページより)。

しかし、1大会で手にする賞金の高さをもって、実力がナンバーワンだというのは妥当でしょうか。テニスやゴルフなどの世界で、優勝賞金が世界最高の大会で優勝した人が世界最高の実力者かというと、必ずしもそうではないと思います。それに、今後の賞金額の変更で、最高賞金を出す大会が変わるたび、最高実力者を決める大会も変わるとすれば、なんか変な話です。

棋聖戦が最も歴史ある大会かというと、そうでもありません。一番古いのは本因坊戦で、1936年に始まっています。王座戦は53年、十段戦が56年、名人戦は62年(当初は読売主催)が開始年で、それぞれ40〜50年の時を重ねています。一方、問題の棋聖戦は76年スタートと、7大タイトルのなかでは碁聖戦(新聞囲碁連盟主催)と並んで最も後発です。どうも、「歴史」は理由ではなさそうです。

もしかしたら、「棋聖」というタイトル名がスゴイのでしょうか。でも、「碁聖」というのも厳かな感じがします。「本因坊」というのは何やら重みを感じますし、「王座」「名人」というのはとても強そうです。

こうしてみてきた限りでは、棋聖戦を〈囲碁界の最高実力者を決める一戦〉と呼べるような根拠は見当たりません。日本棋院がそうした見解をもっているかと思って聞いてみたら、そんなことはありませんでした。棋聖戦を頂点をかけた大会とみなしているのは、読売ぐらいではないでしょうか。

そんな状況で、〈囲碁界の最高実力者を決める一戦〉と書くのは、読者をミスリードしているように思います。そもそも、どのタイトルが最高かと比べること自体、ナンセンスな気もします。

高い賞金を出し、ドイツまで行って大がかりな対局を開いているわけですから、読売が「ウチが1番だ」と言いたい気持ちはわかります。でも、あまり説得力はありませんし、現実を反映しているとも思えません。

それでも、どうしても1番だと言いたいのであれば、〈囲碁界の最高優勝賞金がもらえる一戦〉というのはいかがでしょうか。
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by tmreij | 2006-01-16 23:43 | 本紙