2005年 12月 20日 ( 1 )

ディズニー原画は「発見」なのか

千葉大学が、ディズニーのアニメ原画を保管していると発表しました。きょう(2005年12月20日)の毎日新聞は、朝刊社会面の記事〈ディズニーアニメ 初期のセル画250点 四十数年ぶり、千葉大で発見〉で、この話題を報じています。

記事は、囲み線がつけられ、原画の写真2枚が添えられるなど、目立つ扱いになっています。見出しのとおり、40数年ぶりに貴重な原画が発見されたのであれば、ニュース価値の高い話題だといえるでしょう。ただ、記事を読む限り、「40数年ぶりの発見」という位置づけに違和感を覚えます。

記事では、千葉大で原画が保管されていた経緯について、以下のように説明しています。

〈これらの原画は60年、都内の百貨店などで映画紹介の美術展で転じされ、ディズニー側が国立近代美術館に寄贈した。アニメを研究していた同大工学部の故・源田秀三郎教授が63年、教育用に譲り受けた〉〈原画の存在は関係者しか知らなかったが、同学部助手が退官が近づいた03年末に取り扱いを教授に相談。ディズニー社で本物と確認された〉

この記述からは、原画は所在がわからなくなっていたわけではなく、関係者は千葉大で保管されていることを知っていたことがわかります。また、誰かが探し求めていたわけではなかったこともわかります。

こうした状況で、〈四十数年ぶり、千葉大で発見〉という位置づけは、果たして妥当でしょうか。どちらかというと、「40数年ぶり、千葉大で再確認」「40数年ぶり、千葉大で再評価」といった感じのように思います。

今回の記事は、見出しだけでなく記事本文でも、〈千葉大学は(中略)約250点の原画が四十数年ぶりに発見されたと発表した〉と書いています。もしかしたら、千葉大は「発見された(した)」と言ったのかもしれません。しかしだからといって、前述の経緯を知りながら、そのまま紙面で「発見」と表現するのは、読者をミスリードしていることにならないでしょうか。

今回の話題は、他の全国紙も社会面でカラー写真付きで伝えています。

「発見」という言葉を見出しなどに使っている点では、読売も同じです。〈40年の眠り ”美女”目覚め ディズニー原画 千葉大で250点発見〉という見出しを付け、本文でも〈発見されたのは……〉と書いています。また朝日も、見出しや本文では「発見」という表現は使っていないものの、写真説明で〈発見された「わんわん物語」のストーリースケッチ〉と記述しています。(ちなみに朝日の見出しは、〈ディズニー「お宝」250点 千葉大が原画保管〉で、3紙の中ではもっとも妥当だといえるでしょう)

そして、両紙とも毎日と同じく、原画の移転状況(1960年から国内の百貨店などで展示→国立近代美術館→源田・千葉大教授)がわかっていたことにも触れています。

新聞としては、「発見」というパンチがあって切れのいい言葉を、ついつい使いたくなるのはわかります。しかし、記事にパンチ力をつけるよりも、現実に忠実な言葉を選ぶことを重視すべきだと思います。
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by tmreij | 2005-12-20 23:53 | 本紙