取材プロセスも言わない、で通用するのか

米国企業の課税処分についての報道をめぐって、共同通信の記者が取材源について裁判で証言することを拒否したことに対し、東京地裁がおおむね理解を示しました。きょう(2006年4月25日)の全国紙各紙朝刊は、この判断について社会面で報じています。

「おおむね」というのは、「取材源は日本政府職員か」といった取材源の特定に結びつく質問に対しては、証言拒否を認めた一方で、〈情報源の数などに関する質問は「情報源の特定に結びつかない」として拒絶を認めなかった〉(朝日)からです。

それでも、同じ報道をめぐって先月、読売新聞の記者に対して出された東京地裁の決定よりはずっとマシです(関連記事「取材源の秘匿は大事、でも記事の検証も大事」)。そんなこともあってか、各紙、今回の判断については基本的に評価する書き方をしています。

それでいいの? という気もするですが、朝日に出ていた共同の古賀泰司・編集局次長のコメントに引っかかったので、今回はそれについて書きます。

そのコメントは、以下のとおりです。

〈直接取材源を尋ねる質問だけでなく、間接的に取材源の特定に結びつくような質問も証言拒絶の対象としたことは高く評価できる。ただ、取材源の数など取材のプロセスにかかわる一部の質問について認められなかったことは残念で、上級審の判断を仰ぎたい〉

前半部分は、まっとうな意見だと思います。この日の各紙の紙面も、同様の考えに基づいているように見受けられます。

気になるのは、コメントの後半です。〈取材源の数など取材のプロセスにかかわる一部の質問について認められなかったことは残念〉というのは、うなずけるようで、完全にはうなずけません。取材源についてはもちろん、どんなふうに取材や記事執筆をしているのかについても秘密にして当然だ、という考えが透けて見えるからです。

今回、共同が証言を拒否し、東京地裁が拒否を認めなかった質問には、以下のようなものがあります。(東京新聞〈東京地裁決定要旨〉より)

〈(1)情報源がいくつあったか(2)情報源が一つしかない場合の取材方針(3)第二の情報源から裏付けを取ろうとしたかどうか(4)取材源が情報提供の際に匿名を条件としていたか——など〉

これらのうち、(1)と(4)については、共同が証言を拒否するのはわかります。いずれも、情報源の特定に利用される可能性があるからです。

しかし、(2)と(3)についてはどうでしょうか。どちらも、〈取材のプロセス〉や取材における考え方に関する質問であって、情報源の特定にはつながらないように思います。

どうして、〈取材のプロセス〉にかかわる質問にまで、答えたくないのでしょうか。

組織として、できるだけ内部情報を出したくないという気持ちはあるでしょう。客はだまって商品を買えばいいのであって、製造方法や職業倫理などについてゴチャゴチャ言うな、という考え方は、多くの企業に共通だと思います。

ただ、今の時代はそれでは通用しません。そう大声で言ってきたのは、ほかならぬ新聞などマスコミです。他社には厳しく自社には甘く、といった対応は、読者の反感を買いこそすれ、理解を得ることはないでしょう。

取材源の秘匿は大事です。それを打ち破ろうとする力には、徹底して抵抗すべきだと思います。でも、取材源の秘匿とは関係ない〈取材のプロセス〉についてもすべて明らかにできないというのでは、読者や社会に誠実に向き合っているとはいえません。新聞だって、できる範囲で情報開示をし、読者や社会の理解を求め、襟を正すべきところは正していくべきです。
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by tmreij | 2006-04-25 23:38 | 本紙


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