受験生を混乱させていないか

国公立大学の入学試験(2次)が始まりました。きょう(2006年2月25日)の北海道新聞夕刊は、社会面でこのことを伝えています。

〈合格へ 静かに闘志〉〈道内は1万2000人挑戦〉という4段見出しと、受験会場(北大)の写真をつけたこの記事は、道内で試験に臨む4人の声を、氏名、高校名、受験する大学名入りで紹介。以下のような言葉が、受験シーズンの緊張感を盛り上げています。

〈「厳しい争いになると思いますが、今まで培った力を出して頑張りたい」〉(公立はこだて未来大)、〈「親の期待もあるので、何とか今年で決めたいと思います」〉(旭川医大)

少子化とはいえ、今も昔も受験は大変だよね、がんばってね、という気になってきます。

で、記事を読み進めていくと、すぐ下に〈「競争を促進」と教育改革を批判〉という見出しのベタ記事が目に入ります。

ここでは、津市で始まった日教組の教育研究全国集会の様子を報告。森越康雄委員長がライブドア事件に触れ、〈「教育は競争原理や抜け駆けを争うマネーゲームと対極にある」〉〈「社会や会社に役立つよう育てる大人の都合で、競争においやっている」〉と指摘したことを伝えています。

受験生は勉強で精いっぱいで、新聞を読む余裕などないかもしれません(多くの新聞は、受験に役立つとして読むことを勧めていますが)。でも、もし読んでいたら、少なからず混乱するのではないでしょうか。

上の記事では〈闘志〉〈挑戦〉などの見出しで、受験競争におけるがんばりについて書かれているのに、下の記事では〈「大人の都合で競争に追いやっている」〉と受験などが批判されているのです。入試に関係ない人だって、どう考えていいもんだか、という気になってくるように思います。

こうした紙面は、読者の気持ちを落ち着かなくします。ただ、それがよくないことかというと、必ずしもそうではないと思います。読み手を刺激し、考えるきっかけを提供する構成だと、評価することもできると思います。

でも今回は単に、わけわかんない、という印象を読者に与えるだけになっているように思います。それは、受験競争への批判を伝えるだけで、じゃあどんなふうなのがいいのか、という部分が記事にまったくないからです。

もしかしたら、教研集会が言いっ放しの会合で、対案は出なかったのかもしれません。そうであれば、記者が日教組としての見解を取材し、記事に盛り込むべきでしょう。集会が始まったばかりで、これからそういう話が出るのであれば、記事だってあせってきょう出すことはないように思います。読者にすれば、1日や2日か後になったって、中身のある記事を読みたいと思うのではないでしょうか。

新聞としては、現在の教育システムへの批判や皮肉を込めて、きょうのような紙面にしたのかもしれません。そうした狙いをもつことは悪いことだとは思いませんが、今回はうまくいっていないように思います。

もうちょっと情報を追加さえすれば、受験生に不要な混乱を与えずにすむでしょうし、建設的な議論を呼び起こす効果も高くなったように思います。

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受験の記事は道新によるものでしょうが、津の教研集会の記事は通信社や提携新聞社の配信によるものだと思います。紙面構成は、もちろん道新によるものです。
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by tmreij | 2006-02-26 09:10 | 津々浦々


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