訂正を出せる新聞が、信頼に値する

きょう(2006年1月13日)の全国紙各紙朝刊の東京版(ローカルですみません)には、女性に対する強盗強姦と監禁の疑いで、千葉県の男性が警視庁に逮捕されたという記事が載っています。

逮捕容疑や調べの内容については、毎日がもっとも詳しく伝えています。

〈調べでは、○○容疑者は昨年12月20日午後4時ごろ、ホステスの女性(22)を渋谷区道玄坂1のホテルに連れ込み、ナイフを突き付け「抵抗したら殺す」などと脅し、両手を縛り、同6時40分ごろまで監禁して性的暴行を加え、現金約2万円を奪った疑い。○○容疑者は同日午後1時半ごろ、同所で女性に援助交際を申し込み、携帯電話の番号を聞き出していた〉

昼間にきっかけをつくり、夕方に犯行に及んだ、というわけです。

ところが、朝日をみると、そうは書いていません。

〈捜査1課の調べでは、○○容疑者は渋谷区内の歩道で声をかけた女性(22)から携帯電話の番号を聞き出し、05年12月20日午前4時ごろ、女性を呼び出してホテルに連れ込み、室内でナイフを突き付けるなどして脅迫。女性を手錠で後ろ手に縛って乱暴し、現金2万円を奪った疑い〉

犯行は、夕方ではなく未明のことだったと伝えているのです。

読売はどうでしょうか。

〈調べによると、○○容疑者は先月20日未明、渋谷区道玄坂の路上で飲食店従業員の女性(22)に援助交際を申し込み、近くのホテルに誘い込んだ後、いきなりナイフを突き付け「抵抗したら殺す」などと脅迫。手錠をかけるなどしたうえで乱暴し、現金2万円を奪った疑い〉

未明にきっかけをつくり、犯行については厳密には特定できませんが、やはり未明にあったと読める書き方です。

数のうえでは、朝日・読売が正しく、毎日が間違っていると推測できますが、断定はできません。ただ、どちらかは間違っているはずです。記者は恐らく、4時という犯行時間について、午前と午後を勘違いしたのでしょう。

私的な散文ではなく新聞記事という「記録」を書いているわけですから、間違いを犯さないよう細心の注意を払うべきなのは当然です。しかし、ミスはどうしたって起きます。大事なのは、ミスをした後にどうするかでしょう。

一般的に新聞は、容疑者と被害者の名前を取り違えたとか、生きている人を死んだと書いたとか、1万円と表記すべきところを1円としてしまったなど、大きな間違いについては、すみやかに訂正を出します。また、1面や社会面トップといった目立つ記事のミスについても、比較的訂正を出しやすいといえるでしょう。影響の大きさや深刻さを考慮するからです。

逆に、影響はたいしたことないと判断したミスについては、知らんぷりをすることが珍しくありません。関係者や読者から指摘があっても、紙面的にはほおかむりを決め込むこともあります。

背景にあるのは、「訂正は欠陥商品の証だから恥であり、できるだけ出すべきではない」という新聞社の発想です。これがまだ、「訂正は恥だから、ミスしないよう注意しろ」という意味で広まっている分にはよいのですが、「訂正は恥だから、ミスしても可能な限りネグれ」という意味でも浸透してしまっているのです。

今回の逮捕記事は、地方版ベタで、実名が出てくるのは逮捕された男性1人だけです。逮捕容疑の時間関係を間違えたところで、実害はわずかだといえるかもしれません。ミスをしても、ネグりたくなるタイプの記事でしょう。

しかし、読者の多くは、小さな記事だから内容に間違いがあるかもしれないとか、大きな記事だからミスはないだろう、などとは考えていないはずです。新聞に書いてあることは、記事の大小に関わらず、そのとおりなんだろうと思って読んでいるのではないでしょうか。つまり、新聞を信用しているのです。

読者は信用を寄せているのに、間違った事実を伝えた新聞がそれに気づきながら訂正も何もしないとすれば、それは読者に対する裏切りといえるのではないでしょうか。「あんたたちは誤った事実認識をしたままでいいんだ」と、読者をコケにしているとも受け止められます。実際、今回のような比較的地味な記事で、新聞がミスをなかったことにしてしまったことは、これまで数限りなくといっていいほどあったはずです。

新聞はいま、警察の匿名発表をめぐって、「われわれを信頼してほしい」と国民に訴えています。しかし、普段こんな風に読者をバカにしておきながら、「信頼を」と呼びかけるのは、空々しさを覚えます。

新聞社には、「下手に訂正を出してミスを公にすることで、気づかれずに済んだはずの間違いまで気づかれてしまい、読者の信頼を損ねて部数が減ってしまう」といった考え方があり、これもミスの知らんぷりを支えています。

もちろん、ミスの程度や多さにもよりますが、基本的には、この発想は逆ではないでしょうか。小さなミスでも積極的に公表することで、発信した情報に対して新聞がしっかりと責任をもっていることや、読者を大切にしていることが伝わり、その新聞への信頼や評価につながるように思います。災い転じて福となすというやつで、一般企業や役所などの危機管理と同じです。新聞はよく、他者のことは「危機管理がなっていない」と批判しますが、自らの危機管理も相当危ういように思います。

米ニューヨーク・タイムズには、読者の目につきやすい2面に訂正コーナーがあり、連日訂正記事が並びます。日によっては、その数が10以上になり、かなりのスペースを割くこともあります。だからといって、すべてのミスを公表しているとは限らないでしょうし、同紙の方法がベストだと言うつもりもありません。ただ少なくとも、読者に誠実に向き合おうとしている姿勢は、日本の全国紙各紙より強く感じられます。

日本の新聞も、同紙の方法などを参考に、もっとしっかりとした誤報訂正をすべきです。とりあえずは、今回の逮捕記事でミスった新聞が、ちゃんと訂正を出せるかどうか、注意していたいと思っています。

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今回の事件で逮捕された男性は、容疑を否認しているとのことです。
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by tmreij | 2006-01-13 23:43 | 本紙


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