原田(スキー・ジャンプ)の心を都合よく使うな

スキー・ジャンプのトリノ五輪代表に、原田雅彦選手が選ばれました。きょう(2006年1月10日)の朝日新聞朝刊は、スポーツ面で〈原田 5大会連続 五輪へ〉という見出しの記事で、このことを報じています。

この記事には、原田選手のカラー写真がついています。白のスキーウェアを着た原田選手が、両手を耳のそばに近づけ、目をぎゅっとつむりながら大きな笑みを見せているもので、〈選考試合を終え、ほっとした表情の原田雅彦=8日、プラニツァで〉という説明がついています。

日付や服装、背景から、これとほぼ同じときに撮られたと思われる写真が、きのうの読売新聞のスポーツ面に出ています。原田選手は同じスキーウェアを着け、同じように両手を上げています。こちらでは目は細く開き、軽くほほえんでいるように見えますが、ともにれんが色の建物を背にしている点も含め、似通った写真といえます。ただ、写真説明は、〈2回目に進めず、苦しい表情を見せる原田〉になっています。

時をほぼ同じくして撮られたであろう2枚の写真が、ひとつの新聞では〈ほっとした〉瞬間とされ、もうひとつの新聞では〈苦しい〉思いをしている場面だとされているのです。

どちらが正しいのかはわかりません。どちらも正確ではないという可能性はあるでしょうが、どちらともあっているということはまずないでしょう。

なぜこんなことになるのかというと、記事本文の内容に、写真説明が引っぱられているからのように思います。

きょうの朝日は、五輪代表選出を伝える明るいトーンの記事です。それで、大騒音に耳をふさぐようなポーズの写真が、〈ほっとした表情の原田雅彦〉になるのではないでしょうか。一方、きのうの読売は、ジャンプの大会で2回目に進めなかったことを報じる暗いタッチの記事です。だから、口元がゆるんでいるような顔をしていても、〈苦しい表情を見せる原田〉になっている面もあるのではないでしょうか。

こう考えると、撮影されたときの原田選手が何を感じていたのかという〈事実〉は、記者にとっては二の次なのではないかという気がしてきます。悪くとれば、記事本文とマッチするよう記者が写真のイメージを勝手に作り上げ、読者の印象を誘導しているのではないかという疑念も浮かんできます。

これは、〈ほっとした表情〉〈苦しい表情〉といった、主観的であいまいな言葉で説明をしていることが原因です。絶対に間違いがないときを除いて、こうした表現を使わないようにすべきです。

この日の朝日には、原田選手の写真の右側に、スキー・モーグルの里谷多英選手の写真が出ています。写真説明は、〈W杯ティーニュ大会を欠場した際に報道陣の質問に答える里谷多英〉と、事実関係に徹しています。面白みには欠けますが、誘導や虚飾のない正確な説明だといえるでしょう。

写真説明だって、記事の立派な一部です。今回のように、少なくともどちらかの新聞が、事実とは違う方向に読者の印象を誘導するようなことはせず、ちゃんと事実を伝えることを大切にすべきです。
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by tmreij | 2006-01-10 23:59 | 本紙


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