報道協定は、警察に言われてするものなのか

仙台市の病院から連れ去られていた新生児が、無事親元に戻りました。きょう(2006年1月9日)の全国紙各紙は、いずれも1面トップで、新生児の保護と容疑者3人の逮捕について大きく報じています。

この事件は、身代金目的だったということで、報道各社は「報道協定」を結び、取材と報道を自粛していました。

各紙はこの協定について、やはり1面で、〈おことわり〉と書いた小さな囲み記事を掲載。例えば朝日は、〈朝日新聞社は当初、山田柊羽ちゃんが病院からさらわれた経緯などを報道しました。しかし、その後、身代金目的略取事件の疑いが強まったため、それ以降は柊羽ちゃんの安全を第一に考えて無事が確認されるまで報道を控えていました〉と説明しています。

一読すると特に問題はないように思えます。新生児の安全を最優先し、協定を結んだという説明は、多くの読者にとって納得できるものでしょう。

ただ、きょうの毎日の3面にある〈ドキュメント〉を読むと、協定のあり方としてこれでいいのか、という気がしてきます。一連の出来事を時系列で記したこの記事には、以下の記述が出てきます。

〈(7日)14・00(午後2時) 沼田刑事部長が身代金目的の誘拐事件の概要を発表。「男児の生命に危険が及ぶ恐れがある」として、報道自粛を申し合わせる報道協定の締結を県警記者クラブに申し入れ〉
〈(同)17・30 県警記者クラブが報道協定を締結〉
〈(8日)6・55(午前6時55分) 県警が報道協定の解除を県警記者クラブに申し入れ〉
〈(同)6・56 県警記者クラブが報道協定を解除〉

このように、報道協定は警察の申し入れによって結ばれ、警察の申し入れによって解かれたことになっているのです。

本来は申し入れではなく、身代金を求める脅迫状が届いたといった事実関係について警察から聞いた時点で、報道機関側から自発的に、報道の自粛について検討すべきだったのではないでしょうか。協定の解除も、警察の申し入れではなく、新生児保護と容疑者全員逮捕の連絡を受けて、報道機関側が自主的に判断すべきことのはずです。

今回、一時的に報道を控えたという判断は、読者の理解を得られるものだと思います。しかし、警察の申し入れでそうしたとなれば、それはすなわち、報道機関は自らすすんで被害者らの安全を配慮することはできず、警察から要望を受けてはじめて気を配る程度だということを示しています。

もしかしたら、警察が事件の状況説明と同時に協定についての申し入れをしてきたので、報道機関側が自発的に検討を始めることができなかった、という事情があったのかもしれません。しかしそうであれば、形式的にでも、警察の申し入れを拒み、あくまで報道機関として自主的に協定の締結や解除を検討することで、報道機関としての自立性を保つべきだったと思います。そのようにして、報道機関が良識ある判断を主体的にできることを示することで、国民の信頼を得ることができたように思います。

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今回のケースでは、報道協定に関する読者への〈おことわり〉は、協定締結の時点ですべきだったのではないかという気がしています。この点については、折りをみて説明できればと思っています。
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by tmreij | 2006-01-09 23:59 | 本紙


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