「決意固めた=入団決めた」に、何でなるのか

新聞はいわゆる「大衆」を客にしている発行物ですから、専門知識や予備知識がない読者にもわかるような記事を書くことが基本のはずです。しかしたまに、結論とそれを裏付けるデータに飛躍があったり関連がよくわからなかったりして、なんでこんなことが言えるの? と首をかしげたくなる記事に出くわします。

きょう(2005年12月19日)の朝日新聞朝刊の社会面記事〈清原、オリックスへ〉も、そんな記事のひとつです。

記事はまず、〈巨人を自由契約になった清原和博内野手(38)=写真=のオリックス入団が確実になった〉と報じています。〈確実になった〉わけですから、100%決まりということです。ここまで強く断定するからには、それなりの裏付けがあってのことでしょう。読者としては、いったいどんな動きがあったのかと気になるところです。

読み進めると、どうやら次の段落に書いてあることが、直接の「裏付け」のようです。そこには、こう書いてあります。

〈18日、ハワイから帰国した清原は「(亡くなった)仰木さんへ、いい返事ができそうか」の問いに「そういうことも含めて、20日にみなさんに話をしたいと思います」と、決意が固まっていることを示唆した〉

このやりとりからは、清原氏の決意が固まっていることは、確かにうかがえます。固まっているからこそ、20日に話すと言ったのでしょう。

しかしなぜ、〈決意が固まっていることを示唆〉=〈入団が確実になった〉、になるのでしょうか。「チャーハンとラーメン、どっちにするか決めた?」と聞いて、「うん、決めた」と答えが返ってきても、その時点では、相手がチャーハンを食べるのか、それともラーメンなのかは、ふつうわからないはずです。

今回の記事では、以下のような解説が続きます。

〈来季も現役を続けることを明言している清原は、オリックスと2度交渉し、今月12日には条件提示も受けた。当初獲得に興味を持った楽天は、野村新監督の方針で回避。他に獲得に乗り出す球団もないことから、オリックス入りが確実になった〉

なんだ、こういう状況であれば、〈入団が確実になった〉と書くのは問題ないじゃないか、と思う人もいるかもしれません。もしかしたら、記事を書いた記者にも、いく分かはそういう気持ちがあったのかもしれません。

しかし、〈来季も現役を続けることを明言〉+〈楽天は、野村新監督の方針で回避。他に獲得に乗り出す球団もない〉=〈オリックス入団が確実になった〉、という理屈であれば、今回の清原氏と記者とのやりとりが無くたって、結論が出ているはずです。今回のやりとりを待たず、楽天が清原氏を獲得しないと表明した時点で、〈清原、オリックスへ〉と打てるはずですし、そのタイミングで打つべきでしょう。

このように、きょうの記事は何回読んでも、清原氏の発言と入団の決意がどう関係しているのかがわかりません。読者としては、適当にごまかされているような感じもしてきます。

ちなみに、読売新聞は〈(清原氏は)去就について20日に発表することを明らかにした〉、共同通信(ウェブ版)も〈20日に去就表明することを明らかにした〉と、ともに「20日に発表」をニュースのポイントとして報じています。

この2社の報じ方がよいというわけではありません。清原氏とのやりとりを単に伝えるより、朝日のようにプラスアルファの情報や分析があったほうが、記事としては優れているといえるでしょう。ただ、朝日の記事は内容が破たんしているのです。

もしかしたら、記事には書いていない会話があったのかもしれません。また、記事には書いていない背景データをもっているのかもしれません。それらを加味したうえで、〈入団が確実になった〉と結論付けたのかもしれません。でも、だったら、客である読者に可能な範囲でその内容について報告すべきです。

今回のように、論理の飛躍や展開の無理がある記事を読まされると、読者としてバカにされているような気にもなります。新聞は、何らかのことについて〈確実になった〉と書くからには、ていねいで、すんなり理解できる裏付けを示すべきです。
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by tmreij | 2005-12-19 13:13 | 本紙


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