警察の「お手上げ」宣言に、ひと言もなし?

東京・世田谷の会社員一家殺害事件の発生から5年になるのを目前に、警視庁成城署が犯人に向けて、出頭するようを呼びかけました。きょう(2005年12月12日)の朝日新聞夕刊は、この「呼びかけ」を写真入りで社会面で報じています。

事件は、親子4人が惨殺されたとても痛ましいものです。凶器や衣服など、犯人の遺留品は多かったようですが、具体的な容疑者は浮上していません。

こうした状況では、新聞は警察を応援こそすれ批判すべきではない、という考え方もあるでしょう。犯人逮捕が最優先なんだから、警察がすることを温かく見守るべきだといった発想です。

そうした考え方も、わかるような気がします。犯人逮捕を望まない人は、あまりいないでしょうし、大多数の警察官は懸命に捜査を続けていることと思います。

ただ、チェック機関としての新聞はやはり、強大な権限と多額の税金を使っている組織や人々に対しては、「絶えず」厳しい目を注ぐ必要があるように思います。そして、行動や言動に問題があればあるほど、しっかりとした批判をすることが使命のはずです。

その意味では、きょうの朝日は、新聞の役割を果たし切れていないように思います。

記事は、〈捜査幹部や地元住民ら530人が集まった中、捜査本部に加わる成城署刑事組織犯罪対策課の田頭エミ巡査部長がメッセージを呼びかけた〉と集会の様子を報告。〈「死にたくない、と必死に抵抗した4人の姿を覚えていますか。闇の中で満足なのか、一家を殺害してまで果たそうとした思いは何だったのか、答えを待っています」〉と、メッセージの内容を紹介しています。

胸に迫ってきそうな言葉です。涙とともに受け止めた人もいたかもしれません。

しかし、遺族や近所の人々が言うのならいいのですが、警察が〈「答えを待っています」〉は、さすがに無いんじゃないでしょうか。

これは、犯人に自首してくださいとお願いしているのと同じです。捜査が行き詰まり、容疑者にたどり着けない状況で、捜査員がそういう気持ちになるのは理解できます。でもそれは、マスコミが取り囲む中で、マイクを使ってはきはきと表明するようなことでしょうか(もちろん、問題視されるべきは呼びかけ人となった巡査部長ではなく警察組織です)。時効まで10年を残して、「お手上げです、だから出てきて」と言うのは、正直かもしれませんが、治安を守る警察としては、取るべき態度なのでしょうか。

また、これで犯人が本当に自主してくるとは、さすがに警察も思ってはいないはずです。であれば、今回の呼びかけは、いったい誰に向け、どういう目的でしたものなのかという疑問もわいてきます。

きょうの朝日の記事には、この警察の「ギブアップ宣言」を、ちゃんと批判的にとらえる視点がありません。警察記事にも、捜査に協力的だったり、警察に同情的だったりする記述があってもいいとは思います。ただ、警察の〈「答えを待っています」〉という、ひざががっくりと折れるようなメッセージを耳にしながら、それをただ活字にするだけでスルーしてしまうのは、新聞としては責任を果たしていないように思います。

 ———

読売夕刊も社会面で、簡単にこの「呼びかけ」を取り上げていますが、朝日と同じく、批判的な見方はありません。
[PR]
by tmreij | 2005-12-12 23:54 | 本紙


<< 「手術ミス」と断定する根拠を示... イラクにいる自衛隊がさっぱり見えない >>